近隣に西友ができて40年が経つ。
「無印良品があるのが羨ましい」。デザイナーの知人に言われたのは、西友がセゾン傘下だった頃。
「安いものが一箇所で買えるのが羨ましい」。関西の友人に言われたのは、西友がウォルマート傘下だった頃。
「なにこれ? ウチの近所の『ラ〇フ』の方がよっぽど安いよ」。隣町の主婦に言われたのは先週だ。
西友は魅力が低下した(あくまで筆者の主観だが)。主な理由は、高利益商品へのシフトだ。西友社長の大久保恒夫氏は以下のように述べている。
「粗利率がずいぶん低い商品を売っていることがある。部門の担当者に『何でこんな商品を売るんだ』と聞くと、『売れるからです』と。商売の目的は売ることじゃない。利益を稼ぐことだ」
結果、どうなったか。利益率の高い商品が棚を占拠し、消費者にとって魅力的な商品が少なくなった。例えばチョコレートである。以前は、安価で美味しい輸入チョコレートの品揃えが豊富だった。今は、最低でも300円、主に500~900円の高級チョコレートが並ぶ。ここは西友。「成城石井」ではない。
ナショナルブランドより高いプライベートブランド
安価であるはずのプライベートブランド商品はどうか。大久保社長は以下のようにも述べている。
「西友は高品質プライベートブランドの『食の幸』を強化したり、『みなさまのお墨付き』の品質をどんどん上げたりしている。(中略)インフレで少し節約志向が強くなったとはいっても、『高くてもいいもの』が買われるという構図はいつまでも変わらないと思う」
結果、どうなったか。「蒸し大豆」を例にみてみよう。
西友では、西友のプライベートブランド「みなさまのお墨付き 蒸し大豆」(以下お墨付き)と、ナショナルブランド「フジッコ(フジッコ株式会社)の蒸し大豆」(以下フジッコ)を販売している。
味に差はない(※)。ところが、価格は、お墨付きが118円、フジッコが106円と「逆転」してしまった。プライベートブランドの方がナショナルブランドより高いという、珍現象が起きているのだ。
※あくまで筆者の味覚である
成城石井ブランドより高い西友ブランド
お菓子でも珍現象が起きている。ポルボローネというスペインのお菓子を例にみてみよう。
西友は24年10月からプライベートブランド(お墨付き)で「ポルボローネ」の販売を開始した。価格は495円(70g)。成城石井も同様の商品「和三盆 ポルボローネ」を以前から販売している。こちらの価格は529円(100g)。グラム換算すると、西友は1グラムあたり「7.07円」、成城石井は「5.29円」。西友の方が成城石井より高いのだ。
ナショナルブランドよりも高い。成城石井よりも高い。この価格設定は、ウォルマート時代を知る顧客を混乱させる。結果、顧客満足度が低下する。
「公益財団法人日本生産性本部」の調査によると、スーパーストアの直近(2024年7月)の顧客満足度1位は「オーケー」(2位:コストコ、3位:トライアル)である。同法人では、「推奨意向(お薦め度合い)」、「感動指標」も調査しているが、西友はどの指標でも上位3位内に入っていない。
顧客が店を訪れる理由は、商品に魅力があるか、それとも店舗に魅力があるか、のどちらかだ。前者は、低価格商品が豊富なオーケー、高品質商品が豊富な成城石井など。後者は、圧縮陳列が楽しいドン・キホーテなどが該当する。
商品の価格にバラつきがあり、訪店する面白みに欠ける西友は、「中途半端な店」というイメージが定着してしまったように思う。
親和性が高いのはトライアル
その西友が、今、売りに出されている。理由は、高利益商品へのシフトにより、営業利益率が3.9%まで改善したから(2023年12月期)。北海道・九州の店舗売却により身軽になったからだ。「今が売り時」。現在、西友を所有するファンド「KKR」はそう判断したのだろう。
買収に関心を示すのは、イオンやトライアル、ドン・キホーテといった小売事業者と、投資ファンドである。顧客に受け入れられやすいのは、トライアル(株式会社トライアルホールディングス 以下トライアル)だ。
トライアルは、24年3月に東京証券取引所グロース市場へ上場したばかりの急成長企業である。先の「顧客満足度調査」では3位。「日本のウォルマートになりたい」との思いで創業された同社は、徹底したDX化により、非常に安価な商品を提供している。
例えば、「食パン トライアルブレッド(1斤)」が99円、「ロースかつ重弁当」が299円、「冷凍讃岐うどん(200グラム×5食)」が199円など(※)。ウォルマート時代を知る西友顧客とは、高い親和性が期待できる。
※ 価格は全て税込み。 地域により変動する場合がある。
ファンドが買収すべきではない理由
一方、投資ファンドによる買収は、良い結果を期待できない。
8か月前、大久保社長は以下のように述べていた。
「規模拡大に向け、M&Aを積極的に進めていく。ファンドも『ぜひやりましょう』と言ってくれている」
その舌の根の乾かぬ内に、西友は「M&Aされる側」となった。先の北海道・九州の店舗売却もファンドの意向が強いと言われる。
投資ファンドの最終目的は、「会社を売って利益を得ること」だ。一方、小売事業者の目的は、「顧客に商品を売って利益を得ること」である。短期的な利益を追求する投資ファンドと、長期的な視点で経営を行う事業者では、齟齬(そご)が生じ、ちぐはぐな経営になりがちだ。西友では、利益率は改善したものの、低い顧客満足度という副作用も生じている。
イオンでもトライアルでもドン・キホーテでもいい。小売事業者に、地に足がついた経営をしていただきたい。
劇的な風がやんだ後
「劇的な風だ。」(小池一子)
1981年の西友小手指店オープン時のキャッチコピーである。新しい風を起こすという発想を盛り込んだものだという。
今、流通業界に「劇的な風」が吹き荒れている。風がやんだ後はどうなるのであろうか。
【参考】
『感性時代』リブロポート
『セゾン文化は何を夢みた』 永江 朗/著 朝日新聞出版
『週刊東洋経済24年6月1日号』
西友、20年超の漂流 救いの手は皮肉にも国内ライバル|日本経済新聞社
他