トランプ氏が第47代米大統領に就任してまだ2日も経過していないのに世界は「どのようにしてトランプ大統領とうまくやっていくか」という問題で頭が一杯といった状況だ。ドイツ民間放送ニュース専門局nTVは朝から晩まで「トランプ政権はドイツに対してどのような政策を実施するか」、「ドイツ経済はトランプ政権の米国ファーストでどのような影響が出るか」といった問題を政治家、経済専門家たちにインタビューしている。その答えは様々だが、明確な点は「これまでのようにはいかない」といった基本認識があることだ。
大統領就任式が行われた20日、スイスのダボスで慣例の「世界経済フォーラム」(WEF)が開幕した。そこでのトップテーマはトランプ政権と世界経済だ、欧州連合(EU)の欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は「米国と対立を回避すべきだ。私たちは現実的に進め、常に基本的な原則と価値を守るべきだ。これがヨーロッパのやり方だ」と強調した。
同委員長によると、米国とEU間の貿易総額は1.5兆ユーロに達し、これは世界貿易の30%に相当する。例えば、米国製航空機が欧州製の制御システムや炭素繊維で作られ、欧州の化学薬品や実験機器が使用されて米国製医薬品が製造されている。同時に、欧州はアジア太平洋地域全体からの2倍のデジタルサービスを米国から輸入しており、EUの液化天然ガス輸入の50%以上が米国からのものだ、といった具合いだ。また、欧州企業は米国で350万人の雇用を生み出し、さらに100万人の米国の雇用が欧州との貿易に直接依存している。
一方、トランプ大統領は、ドイツの自動車産業を含む分野に損害を与えかねない最大20%の関税をEUに課すと脅している。それだけではない、大統領就任直後から数多くの大統領令に署名し、地球温暖化防止のための国際的枠組み「パリ協定」や世界保健機関(WHO)からの離脱、不法移住者対策でメキシコ国境に軍の派遣などを次々と実行に移してきた。多国間主義を嫌い、ディールで事を決定することを願うトランプ氏の政治スタイルと欧州は果たしてうまくやっていけるだろうか。
ちなみに、ダボスに中国から参加した丁薛祥副首相(Ding Xuexiang)は、「中国は多国間主義、自由貿易、気候保護、国連の強化を支持する」と述べ、「中国は国際秩序の断固たる守護者だ」と主張した。また、世界の分断に警告を発し、「経済的グローバル化は、勝者と敗者がいるゼロサムゲームではなく、すべての人が利益を得て共に成功できる普遍的に有益なプロセスだ。保護主義はどこにも通じない。貿易戦争には勝者はいない」と付け加えている。
ところで、トランプ大統領の「米国ファースト」をみていると、米国の哲学者ウイリアム・ジェームズ(1842~1910年)の「プラグマティズム」(実用主義)を思い出す。実用主義は、真理や価値をそれらが生む実際的な結果や有用性に基づいて評価する哲学だ。物事の価値や真理は抽象的な観念や普遍的な基準によるのではなく、実際の行動や経験の中でその有効性が試されるという考え方だ。プラグマティズムによれば、真理とは「思考や信念が実際の経験や行動において成功をもたらすかどうか」で決まる。ジェームズの言葉を借りると、「ある信念がうまく働き、私たちの生活や経験の中で満足をもたらすならば、それが真理である」ということになる。何か、トランプ氏の政治スタイルを思い出してしまうのだ。
フォン・デア・ライエン委員長は欧州の共通の価値を強調するが、27カ国から構成されたEU加盟国の間では共通の価値観は揺れている。一方、米国発の実用主義はどのような考えや信念も実際的な影響や結果が伴わなければ意味がないと考える。現実の問題の解決に役立つならばそれは真理だ。真理は固定的ではないのだ。同委員長と米国流実用主義の間には明確なパーセプションギャップがある。ジェームズによれば、真理は作られるものであり、それが役立つ限りで真理である。企業経営における「結果重視」にも通じる。
トランプ氏の政治スタイルには、アメリカ的な実用主義の影響が見られる。その形態は伝統的な哲学としての実用主義とは異なるが、結果重視や実際的な視点が色濃く反映されている。実用主義の基本は「何がうまくいくか」に焦点を当てることであり、トランプ氏の政策や意思決定もこれに近い特徴を持っている。たとえば、経済政策では、雇用創出や経済成長率といった具体的な成果を強調し、外交では「アメリカ第一主義」を掲げ、自国の利益を最大化することを主目的とする。問題解決志向でもトランプ氏は「取引(deal)」という言葉を多用し、問題を交渉や取引で解決するという実務的なアプローチを好む、といった具合いだ。
トランプ氏のスタイルは、ジェームズらが提唱した哲学的プラグマティズムとは異なると指摘する声もある。客観的根拠への軽視、一貫性の欠如などをその理由に挙げる。トランプ氏の政治スタイルは、支持者の感情や直感に基づく決定が多く、必ずしも一貫性が見られるわけではないからだ。ただし、トランプ氏の政治スタイルはアメリカ文化の中に根付いた実用主義、実際主義の一形態として理解できるのではないか。「共通の価値観」、「民主主義」といった旗を掲げて振り回している限り、トランプ氏の政治の世界は理解できないのではないか。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年1月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。