紙頼みのキングジム。新社長はクイーンかジョーカーか

キングジムは「紙頼み」の企業である。

80年代後半、パソコン普及時の「ペーパーレス化」は、ペーパーレス化というよりも「手書きレス化」だった。

「手で書くより、入力してプリントしたほうが速い」
「修正液で直すより、再入力してプリントした方が楽」

手書きが印刷に変わっただけ。結果、紙の利用はむしろ増え、キングジムの業績も順調だった。危機意識がなかったわけではない。当時(1985年)専務取締役だった宮本彰氏(前社長)は、「Eプロジェクト」を立ち上げ、3年間を費やして「テプラ」を開発し、世に送り出している。同商品が爆発的ヒットとなったのはご存知の通り。

資料を綴るキングファイル。キングファイルに貼るラベルを印字するテプラ。二つの柱による安定収入を「盾」とし、優れたアイデアという「矛」でヒット商品を狙う。これが、キングジムのビジネスモデルだった。デジタルメモ帳「ポメラ」(08年)のようなヒット作も産み出してきた。

だが、その商品開発力に陰りが見える。16年にはマスキングテープ「KITTA」、19年にはアルコール消毒器「テッテ」など新商品を開発しているが、やや小粒なのだ。

「第三の柱といえるようなものは、まだできていない」

株式会社キングジム 代表取締役社長 宮本 彰 (2013年9月取材)|社長名鑑

2013年のインタビューで宮本彰前社長はこのように述べている。12年経った今でも、キングジム公式サイトのページタイトルは「ファイルとテプラのキングジム」のまま。いまだ、次の柱は育っていない。

本当のペーパーレス化がやってきた今、キングジムは危機に陥っている。2024年6月期決算の営業損失(赤字)は2億4千百万円。営業損失の計上は、過去10年なかったことだ。

どのような対策を講じるのだろうか。

ミニチュア文具「キングミニ」シリーズ
キングジムプレスリリースより

M&Aによる雑貨市場への参入

キングジムが、対策として進めてきたのは、M&Aによる雑貨市場への参入である。

これまで買収したのは、家電・雑貨を扱う“ライフオンプロダクツ”。家具を扱う“ぼん家具”。インテリア雑貨・造花を扱う“アスカ商会”。キッチン雑貨を扱う“ラドンナ”。キッチン用品や生活雑貨を扱う“エイチアイエム”(22年12月、キングジムとの吸収合併により解散)など。

だが、うまくいっているとは言い難い。

これらのうち、1社が赤字拡大、2社が単独決算で利益減少となっている(※)。同社が吸収したエイチアイエムについては、「のれん減損」1億7千2百万円を計上している。これは、エイチアイエムが「高い買い物」だった、ということを意味する。

※直近決算公告より

この「キングジムグループ」を待ち受けるのは、セリア、スリーコインズ、無印良品、その他強者たちばかり。彼らと渡り合うのは容易ではない。

新社長に就任した木村美代子氏は、どのように挑もうとしているのだろうか?

デザインへの注力

24年9月、キングジム新社長に就任した木村美代子氏は、アスクルの創業メンバーであり、キングジムの文房具ブランド「HITOTOKI」を手掛けた人物である。強みはデザイン力とマーケティング力だ。当然、今後の商品はデザイン重視となる。

キングジムの直近の中期経営計画でも、

「デザイン力で企業価値向上」

という方針を掲げている。国内外のアーティストやデザイナー、クリエイターを巻き込み、関連会社含むキングジムグループの「創る」「伝える」を、総合的にプロデュースするという。

すでにその方針が実践されているのが、氏が手掛ける文具ブランド「HITOTOKI」だ。同ブランドにかかわったデザイナーは約50人。商品のひとつ、「氷の形をイメージしたスタンプ『氷印(こおりじるし)』」は、24年10月にグッドデザイン賞を受賞している。

氷印(こおりじるし)
キングジムプレスリリースより

だが、ターゲット層が異なる新市場に新製品を投入するということは、「多角化戦略」を採るということだ。リスクは最も高くなる。これまでのオフィス用品事業と、どの程度相乗効果があるか、測定する必要があるだろう。

また、優れたデザインは模倣される可能性が高い。例えば、無印良品が販売している「白磁歯ブラシスタンド」(税込350円)は、発売後間もないうちに、ほぼ同じデザインの商品が100円ショップで販売されている。

デザインで競合を圧倒できたとしても、継続して収益を獲得し続けるのは難しい。外観デザインだけでは、主力商品になりにくいのだ。

宮本彰前社長のマーケティング

では「マーケティング」面はどうか。

木村美代子新社長と宮本彰前社長とでは、マーケティングに対する考え方が大きく異なる。

宮本前社長は、マーケティング調査を重視しなかった。理由は、「アテにならない」からだ。キングジムが開発する製品は、これまで市場になかったものが多いため、調査が参考にならない。そんな調査に金と時間をかけるのはもったいない。だから

「まず商品化してみる」

会議にかけた企画のうち、およそ8割を商品化する。うまくいけば市場を独占できる。失敗とわかったらすぐ撤退する。狙うは「10打数1安打」。これが、宮本前社長の方針だった。

木村美代子新社長のマーケティング

対して、木村美代子新社長はマーケティングを重視する。

木村新社長は、アスクル時代に、マーケティングの専門家(当時の慶應義塾大学教授でもある)池尾恭一氏から学んだ「理論派」だ。キングジムの総合報告書の社長メッセージでは、(これまでの長所は継承しつつも)

「私が自身のキャリアの中で培ってきた『お客様起点のマーケティング』をキングジムに根付かせていきたい」

と述べている。海外では、文具ブランド「HITOTOKI」の新製品を、ビッグデータ分析に基づき、外部コンサルタントと協働で開発するという。陰りが出ているキングジムの開発力強化につながるか。効果が出るのはしばらく先になるだろう。

既存事業の強化

一方、短期的な収益改善策として期待できるのが、既存事業の強化である。現在進めているのが、テプラのオフィス以外――具体的には医療や福祉、製造などの現場――での利用を広げる「新市場開拓戦略」である。キングジムは、現場での使用に耐えるようバージョンアップした新テプラ(テプラ PRO SR-R560)を11月に投入している。

新テプラの特徴は、文字変換が強化されていることだ。特に、「医療」や「建築土木」の業界の専門用語の語彙が強化されている。例えば

・がんませんすぺくとる →γ線スペクトル
・えすこじぎょう → ESCO事業

など、面倒だった専門用語が一度で変換できる。JAN-13・QRコードなどバーコード印刷も可能となっている。危険が伴う現場での情報提供ニーズは高い。販路獲得という課題さえ克服できれば、十分収益が見込めるのではないだろうか。

M&Aによる規模拡大や、外観デザイン効果への過度な期待は禁物だ。キングファイルは、まだ改良の余地はあるし、テプラの需要増も見込める。同社が傾くと困る企業は少なくない。「二つの柱」は堅実に育てて欲しいと思う。

新社長はクイーンかジョーカーか

今後の戦略について問われた木村新社長は以下のように答えている

「今までキングジムはテプラとかファイルとか、中心にあるのは機能美だったと思うんです。けれどそれだけでなくて『感性価値』を掛け算をして、新しいスタイルを作っていこうと思います」

キングジム、機能性×感性のデザインへ 32年ぶり新社長|日本経済新聞

社長交代は32年ぶり。創業家以外からの社長就任は初めて。今回、キングジムが引いた“木村美代子”というカードは、多才な「ジョーカー」か。それとも、キングを支える「クイーン」か。

【参考】
『ヒット文具を生み続ける独創のセオリー』宮本彰 著/河出書房新社
キングジム 中期経営計画及び決算資料