2024年1月は激動の月だった。トランプ政権は大統領令を連発し、外交では関税を武器にした「ディール外交」を展開。日本では石破総理が施政方針演説で地方創生を強調し、突破口と位置付けた。2月7日にはトランプ氏と首脳会談予定だが、両者の思考の違いから相性が懸念される。石破政権は「戦略的逃げ腰外交」をとるが、今後は日米の多層的繋がりや多方面外交の強化が鍵となる。外交の成果を活用し、支持率回復を図る必要がある。
1. 盛り沢山な一月
1月ももう終わりだが、今年は既に半年くらい過ぎたのではないか、と思うくらい目まぐるしく色々なことが動いている。
トランプ就任を前に慌ただしくイスラエルとハマスの停戦合意が成立し(親ユダヤのトランプ政権誕生に際しての成果強調のためのイスラエルの譲歩・サービスにも見える)、今のところ順調に推移している。その翌日にはトランプ政権が発足し、これでもかと大統領令を連発してバイデン政権との違いを浮き彫りにしようとしている。
大別して、
① 離脱系(パリ協定やWHOからの離脱)
② 行革系(政府効率化(DOGE)省の設置、外国歳入庁の設置、DEI重視の撤廃、政治任用の激増)
③ エネルギー系(グリーンニューディールの撤廃とオイルガス掘削の積極化、アラスカなどでの資源開発規制の撤廃)
④ 移民関連(国境管理の厳格化、米国籍取得にかかる出生地主義の廃止)
⑤ その他(メキシコ湾⇒アメリカ湾などの名称変更、麻薬カルテルのテロ組織指定)
などに整理できると思うが、いずれにせよ、以前にこのコラムで夏目漱石を引用して述べた「偽善の時代(人権や環境や財政など次世代のため、という高邁な在り方)」から、「露悪の時代(今、ここで生きている俺たちを大事にしろ、もっと利益をよこせ)」への転換を象徴する命令を連発している。
そして、これらの露悪的措置の実現可能性を保つため、関税などを脅し材料として使う「ディール」(取引)の徹底ぶりが、ビジネス交渉を繰り広げてきたトランプ氏の基底をなすものとして浮かび上がっている。
グリーンランドにしても、コロンビアへの移民の強制送還問題にしても、関税を使ったディール外交が基礎になっている。間もなく(2月1日?)、各国への関税アップが発表される流れだが、世界が戦々恐々としながら見守っている。
このように世界がどう動くか見えない中、イアン・ブレマー氏率いるユーラシアグループは、毎年恒例の10大リスクの1~3位を、Gゼロ、トランプ支配、米中決裂と見定めた。これまでのところ、まだ一か月だが、「順調」に、そうしたリスクが高まる方向で今年の世界は動いている。
こうした世界・トランプ大統領の動きを横目に、わが国では、先週24日に石破総理が国会開会に際して施政方針演説を異例の形で展開し、日銀は利上げを決めた。我が国の金利は17年ぶりの水準(0.5%)となる。
施政方針演説が異例の形だと述べたのには理由がある。長く役人をやっていると分かるのだが、この手の演説は、通例短冊を繋げ合せる形になることが多い。すなわち、各省・各部局から入れ込みたい「タマ」となる政策ネタを集めてそれを繋ぎ合わせるわけである。
しかし今回は、全体の約1/3が地方創生関連で、しかも冒頭にそれを述べるという形になっている。総理の地方創生にかける意気込みには驚くばかりだ。
私自身、1月16日と20日の二度にわたって総理と朝食を数名でご一緒する機会を頂いたが、初対面ながら、地方創生に真摯に取り組もうというご姿勢には感銘を受けた。議論好きで、初代地方創生大臣として取り組まれた地域の活性化に関し、その反省も含めて、熱心に考えておられることが充分に伝わる朝食会であった。
完全な私見になるが、世界情勢が目まぐるしく変わる中で、本来、お好きでお得意なはずの安保や外交関連でなかなか動きにくいということの裏返しでもあるかもしれないが、日本のこれから、少数与党政権の石破政権のこれからの突破口は地方創生しかない、と見定めておられるようでもあった。
以上、縷々述べてきたが、要すれば、今年が半年くらい過ぎたのではなかろうか、と錯覚するほどに、比喩的に言えば、お腹いっぱいになるほど、色々な「ニュース」が多々発生している。
※余談だが、日本で世間を最もにぎわせたニュースは、いわゆるフジテレビ問題だと思うが、個人的にはあまり関心がなく、敢えて言及はしない。
2. トランプ大統領との外交
さて、そんな中、石破総理の訪米と石破―トランプによる日米首脳会談が2月7日に設定されるようだ。巷間言われているが、私見でも、石破さんとトランプ氏の相性は必ずしも良くないかもしれないと不安にはなる。
上記のとおり、トランプ大統領は、結果を求めるディール型だ。何か課題を感じると、それを深く掘り下げるということではなく、すぐに解決策・結論を打ち出したがるタイプだとお見受けする。ソリューション中心思考と言って良い。
一方の石破総理は、上記の朝食会などでも感じたが、例えば地方創生という難題・課題があると、その原因は何なのか、根本要因は何なのかと、本質を追求し、深く考えようとする傾向がある。根本原因追求思考と言って良い。
裏返して言えば、トランプ大統領の弱点は、本質を見ずに解決策を乱発して収集がつかなくなってしまうことだと言えるし、石破総理の弱点は、本質を追求しているうちに周囲も自分も有効な解決策を打てないままに時間が過ぎて行ってしまうことだと言える。信仰の近さ(プロテスタント/長老派)などの共通点もあるが、正直、現時点では、「あの二人はウマが合いそうだ!」という感覚は持てない。
そんな読みもあってか、これまでのところ石破総理は、対米外交に関しては「逃げ腰」にも見える。トランプ大統領(当時は、大統領内定段階)との最初の電話会談も通訳入れて5分だったと言われており(ちなみに韓国の尹大統領は通訳なしで12分、フランスのマクロン大統領は25分)、安倍昭恵氏や孫正義氏のトランプ大統領との面会などを契機に実現しそうになった1月の首脳会談も、日本側の事情で断ったとされる。
ただ、私には、この逃げ腰外交は「戦略的」に見える。戦略的逃げ腰外交と書くと、何やら矛盾しているように感じるかもしれないが、もう少し分かりやすく書くならば、「キジも鳴かずば撃たれまい」戦略ということになる。
現在、日米間には正直、あまり分かりやすい大きな課題はない。もちろん、日本製鉄によるUSスチール買収問題など、日本政府としてわが国企業をしっかり支えるべき課題はあるが、特にトランプ側から見て、山積する各種課題に比べれば、さほど大きな問題とは言えない。
トランプ大統領やその周辺にとって、外交上最大の課題は、中国への対抗、特に当面、関税をどのようにかけるか、それに対して中国がどう反応してくるか、ということである。グリーンランドやパナマ運河といった問題も取り上げ、中国への対抗をむき出しにしている。
そのほか、メキシコやカナダとの移民や関税の争いも大変なことになりそうである。更には、ウクライナとロシアの紛争にどうケリをつけるか、イスラエルとハマスの停戦の向こう側をどうするのか、などの難題が控えている。日本のことなど、ほぼ念頭にない可能性がある。
そういう事情なので、ノコノコ出かけて行って、防衛費負担増その他、変に問題を喚起してしまって要求を突き付けられるような事態は避けたいと考えるのは普通であって、「キジも鳴かずば撃たれまい」とばかりに、逃げ腰になるのは、ある意味理解できる。
上記の5分問題などをあげつらって、日本のプレゼンスが低いと論難するメディアも散見されたが、これまでの対米逃げ腰外交は、現実的には妥当な戦略であると評価することができる。
とはいえ、ずっと逃げ回っているわけにもいかないので、今回の訪米⇒日米首脳会談となるわけだが、逃げ回っていた間に色々と調べ(トランプ氏と懇意である孫氏と2時間半食事をして事情を聴くなど)、考え抜いた成果を是非うまくぶつけて欲しいと思う。
故安倍晋三氏がうまくやったように、日本は、米国の各国との争いの中で「オアシスだ」と感じさせるように、うまく友達になるのが得策であるとは思う。上記で分析したとおり、「相性」の問題はあるだろうが、人と人というものは、不思議な化学変化が起きるものであり、意外に、全然違う思考様式同士で、案外気が合ったりすることもないわけではない。その成果に期待したい。
3. 戦略的逃げ腰外交/キジも鳴かずば撃たれまい戦略の向こう
上記のとおり、これまでの石破政権の対米・対トランプ大統領に関する戦略的逃げ腰外交(キジも鳴かずば撃たれまい戦略)について、割と肯定的に評価してきた。
ただ、評価のポイントは、逃げ腰であるということだけではなく、むしろ戦略的に、というところにある。すなわち、ただ逃げていれば良いというものではない。その意味ではこれからが大事になる。
この戦略的、ということに関して、今後、筆者が期待するのは、以下の2点である。①日米における多層的繋がり構築戦略と、②各国に対する多方面展開戦略である。
①については、安倍―トランプの友好関係や、古くは小泉―ブッシュ、ロンヤス関係(中曽根―レーガン)などの友好関係など、個人的な密なつながりに過度に期待するのではなく、多層的に、様々な団体や企業や個人同士が、日米で繋がっていくということを模索するということだ。
上述のように可能性としては、石破―トランプの友好関係が密になる可能性は低いと思われる(思われている)。互いに政権が変わるごとに、首脳間の関係次第で日米関係が大きく揺らぐことのないよう、日頃から多層的に様々なリレーション構築を図るという戦略である。
具体的には、ビジネス人同士、NPOなどシビルソサイエティに関わる者同士、起業家同士、学生同士、地域同士など、多層的な人的交流の枠組みを戦略的に増やしていくことが望まれる。
一般論としては、一朝一夕にこうした関係構築が出来るものでもないが、割と手軽に始められるところもあると思う。一部のグローバル人材を除き、一般的には日本人は内向き化している。そして米国側も、一部のエリート等を除いて、日本と韓国の位置関係も分からない人が多いのが現実だ。自治体外交も、友好都市など、時代を経て形骸化しているところが多い。こうした繋がり・出会いを政府が主導しつつ強化・復活させていくことが求められる。
もう一つが②多方面展開戦略であるが、これは、米国一辺倒ではない国際関係構築をして行くということだ。こう書くと、民主党政権時の悪い想い出が多くの国民の頭をよぎり、昨今の日中間の様々な懸案の存在もあって、中国とやたらに近づくのは警戒した方が良い、という声が聞こえそうだ。
しかし、ここで言いたいのは、あくまで米国一辺倒ではないということである。すなわち、中国との関係を特に濃くするということでもなく、文字通り、多方面においてルート構築を強化していくということだ。
総理が年明け早々に、マレーシアやインドネシアを訪問したのは、そうした大戦略の一部であると期待したいが、まさに、アジアにおけるイスラム国として存在の大きな両国、経済的・人口的にインパクトの大きい両国を重視して、総理が訪問する形での対話の外交を展開したことは、この文脈に合った話だ。
出来れば、日本は①東西の両文明を良く理解する国として、②アジアの代表であり欧米の価値観を理解・体現する国として、また、③戦後の焼け野原などの途上国状態から世界の最先端の先進国状態の両方を知る国として、グローバルイッシュー特に紛争解決などに汗をかく“成熟国家”としてのプレゼンスを多方面で発揮すべきだと思う。
その際、オーストラリアやトルコや北欧など、一見、ちょっと距離がある国々と組み、同じ文明等の間(はざま)にある国として、色々な社会の気持ちが分かるということで紛争等の仲介を積極的に行う国同士の連合の構築を主張しても面白い。
こうして、多方面で紛争解決等に務めることが、反射的に結果として、戦争による出費を嫌うトランプ政権の関心を引き、日米関係が更に好転するきっかけになる可能性もあると思う。
①や②はリスクヘッジにもなる。つまり、中国とアメリカが劇的に和解する場合などの保険になるということだ。
可能性は必ずしも高くはないが、中国は、トランプ大統領が好みそうなディール、すなわち、金にあかして米国の農産物などを大量に購入することで、逆に、アジアにおける安保に口を出すなと言ってくる可能性はそれなりにある。その場合、トランプは、経済的利益の代わりに、例えば台湾を見捨てることになるが、可能性はゼロではない。古代ローマとカルタゴ、ヌミディアの故事もある。
例えば、第三次ポエニ戦争前のローマをアメリカ、カルタゴを日本、ヌミディアを中国に例えると、背筋が寒くなる読者も少なからずいると思う。日本が米国に滅ぼされることはすぐには考えにくいが、少なくとも米国が日本を守ってくれなくなる可能性などについては、色々と不吉な兆候はある。そうなってから慌てる前に、①や②を実施しておくことが重要だ。
国内では、石破政権の支持率の下げ止まりが各種世論調査から見えてきている。とはいえ、上記のとおり、施政方針演説で約1/3を費やした切り札とも言うべき地方創生には、どんな政策を実施しても効果を生むまでにある程度時間がかかる。2月~3月にかけて山場となる予算審議や政治改革の結論、6~7月にかけて山場となる都議選や参院選の結果など、石破政権の支持率浮上は、なかなか難しいのが現実だ。
岸田政権は、支持率低迷の際にも、日韓外交の好転やサミットの機会(広島で、ゼレンスキーも来て盛り上がった)など、外交を武器に支持率を維持・向上させた面がある。最近の韓国の状況などを見ると、石破政権は、岸田政権と同じ手は取れないことは明らかだが、代わりに、上記のような大胆な日米関係の多層化戦略や外交の多方面化戦略をとることで、そしてそれを国内外でしっかりPRすることで、歴史に残る外交関係構築の端緒をつくり、日本の国益実現のために頑張って欲しいと思う。