前回に続き、原油価格の動向を見ていこう。
(前回:原油価格は大幅下落?関税で急上昇?トランプ政策の影響を分析(前編))
地政学リスクが高まると、原油価格は上昇する傾向がある。
その点において、イスラエルとハマスが停戦合意に至ったことは良いニュースだ。このまま停戦合意が続くかどうか予断を許さないが、少なくとも原油価格の押し上げ要因が一つ減った。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻はいつ終わるのか不透明なままだ。
ロシアは、2014年のクリミア併合に加え、2022年以降、侵攻した地域などの併合を宣言した。ウクライナを弱体化させ、長期的な影響力の確保を狙っている。一方、ウクライナは侵攻された地域を自国の領土とみなして完全な奪還を目指し、またNATOやEU加盟による安全保障の確保を目標としている。そもそも利害関係が一致しない。
しかし、硬軟織り交ぜて、トランプ大統領は停戦合意を迫っていくはずだ。
ロシアの財政は原油関連収入に依存している。過去には歳入の5割を超えた時期もあったが、西側諸国の制裁で2023年には約3割にまで低下した。しかし、2024年の石油関連収入は26%増えたと報じられており、このままではロシアの侵攻終結につながりにくい。
1986年、サウジアラビアが増産に踏み切り、1バレル30ドルだった原油価格が約10ドルまで急落。その影響でソ連経済は打撃を受け、1991年の崩壊につながったとも言われている。
この再来を狙って、原油価格を大幅に下げるのは侵攻終結にも、そして米国民にとっても良いことなのだ。では、具体的にどのように原油価格を引き下げるのか。
米国内の石油産業を手厚く関税で保護しながら、シェール革命につながった税優遇策などを実施して、投資・増産を促し、技術革新を通じて低価格でも採算がとれる仕組みを作るのが基本戦略だろう。
しかし、増産・技術革新には一定の時間がかかる。そのため、関税を発動したカナダとメキシコからの原油輸入を代替するため、サウジアラビアなどOPEC諸国に一定量の購入を保障し、増産を依頼することが考えられる。何しろOPEC諸国は増産したくてたまらないのだ。しかもOPEC諸国には十分な供給余力があり、輸入実績もある(以下青枠)。
前回も述べたが、OPEC諸国の生産余剰能力は約577万バレル/日である。一方、2023年時点で、米国の原油の輸入は約650万バレル/日だ。カナダ・メキシコからの輸入の半分が仮に置き換わった場合、OPEC諸国にとって約230万バレル/日の追加需要が発生する。またシェア低下から原油価格に与える影響力の低下を危惧することもなくなる。まさにOPEC諸国には「渡りに船」だ。
サウジアラビアを代表とするOPEC諸国から一定量の原油購入を約束する代わりに増産を要求する。トランプ大統領が好むこの「ディール」が成立すれば、関税で自国産業を保護しながら、国際市場における原油取引価格を下げられる可能性がある。
また、ウクライナ侵攻後に減少した石油の戦略備蓄を上限まで補充し、米国内の石油関係者が安心して投資できる環境を整えると同時に、市場の急激な価格上昇時には備蓄を一時的に放出し、価格安定を図るだろう。
そして、ウクライナ支援を大幅に縮小する一方で、原油価格の下落によって窮地に陥ったロシアに停戦を迫る。仮に停戦が成立すれば地政学リスクの低下から原油価格はさらに下がる。停戦の見返りにロシアの国際市場への早期復帰すら容認するかもしれない。そうすれば原油価格はもう一段大幅に下落するはずだ。
原油価格が下がるとCPI(エネルギー)が下がり、CPI(エネルギー)が下がるとCPI全体も下がりやすくなる。
2022年から2024年までの原油価格とCPI(エネルギー)の関係は以下となり、仮に原油価格が75ドル/バレルから60ドル/バレルへ20%下がると、CPIを0.6%押し下げる計算となる(※ほかの条件が変わらないことが前提)。
現在のCPIは前年比2.9%のため、FRBのインフレ目標2%に接近する。
おおむねこのような戦略が考えられるのではないか。他にもあらゆる手段を使って、石油産業の育成と原油価格の下落という難しい二兎を追求し、準備が整ったら、ドル安政策にかじを切る。そして、エネルギー輸出を増大させ、就任演説で述べた「われわれは価格を引き下げ、戦略備蓄を上限まで補充し、米国のエネルギーを世界中に輸出する」が完成する。