「現状維持」は想像ほど簡単ではない

黒坂岳央です。

「現状維持は後退だ」という意見をよく見る。自分自身も強くこれを認識しており、日々仕事をする中で挑戦して失敗を繰り返しながらブレイクスルーの降臨を待つスタイルでいる。

先日、人と話をする中で「自分なんて挑戦どころか、せいぜい現状維持が御の字ですよ」と冷笑気味に返されたことがあった。この人は「現状維持の難しさを過小評価している」と感じた。そしておそらくそれはこの人物だけではない。

実は「現状維持」は思っているより簡単ではないのだ。

metamorworks/iStock

収入や資産の現状維持

まずは収入や資産の現状維持を考察したい。

直近、我が国はインフレ経済下にあり年間約3%の物価高となっている。もちろん、物価によって値上がり幅が全く異なるが、個別事象を取り上げると収集がつかなくなるので、一旦3%という数字を使いたい。

つまり、このような状況下においての現状維持とは「昨年より収入、及び資産が3%以上増えていること」を意味する。だが、これを実現できている人はかなり少数派ではないだろうか。

年収500万円の人がインフレに負けないためには、最低3%、つまり1年後に515万円になっておく必要がある。また、資産が1000万円ある人は1030万円に増えていなければ、「現状維持」にならない。

過去30年間はデフレ経済だったので、年収が変わらなければ「現状維持に成功」であった。しかし、これからは真逆の経済構造となるので年収や資産が1年後も同じなら「後退」を意味する。

もちろん、毎年3%ずつ昇給するのは現実的ではない。3年間かけて難関資格を取得、その結果3年後に年収が一気に100万円アップしたものの、学習期間中は年収増はなかった。このような場合なら、3年後の成長率を投資期間で割り算して考えるのだ。

いずれにせよ、「現状維持ですら」いかに難しいかがわかるはずだ。

健康の現状維持

人間は大人になると、何もしなければ毎年1%ずつ筋肉が減少していく。可動域も狭まり、肩が上げられなくなったり、体力が落ちて遠出が億劫になっていくのが自然である。

もちろん、自然老化には決して勝つことはできないが、筋肉量や体力など健康はある程度努力でカバーすることは十分可能である。筆者は去年から一年間、パーソナルトレーニングジムに通って飛躍的に体力と筋力が増加した実感があるので、40代前半からでも十分効果は期待できる。

健康における現状維持となると、毎日8000歩程度歩く、筋トレをするという努力の継続が必須となる。スポーツジムの継続率に関する統計は地域や調査機関によって異なるが、ジム通いを1年間継続できる人は約4%程度と言われている。

コロナ禍以降、街中でジムを見かけるようになって繁盛しているように見えるが、1年後も頑張っているのはたったの4%。宅トレなどのスイッチした可能性は否定できないものの、残りの大部分の人は筋肉量を維持する現状維持に敗北したということになる。

これだけ街中にジムがあり、健康診断でNOを突きつけられ、運動の重要性が説かれていても、筋肉や体力の現状維持をほとんどの人はできないのだ。

人間関係の現状維持

最後は人間関係の現状維持、これも簡単なことではない。

自分が髪を切りに行っている美容院の店長さんから聞かされた話で印象に残ったのが「やっぱりオッサン同士、古い友人で酒のんでバカ話するのが一番楽しいですね」というものだった。彼が言う古い友人とは、幼稚園、小学生から高校までの本当に幅広い友人である。

この話を聞いて「自分はまったく現状維持ができなかったのだな」と少し落ち込んでしまった。

自分の希望としては他愛もない昔話で1-2時間盛り上がれば最高だと考えるが、久しぶりに会ってもお互いに話が噛み合わなくなってしまうことが多い。当然なのだが、お互いをつなぐ共通点が年を取るごとにドンドン減っていく。

子持ちは育児の話題で、経営者は経営者同士、サラリーマンはサラリーマン同士で盛り上がる。

だが、年齢を重ねるとお互いの立場も変わってしまうのでかつて仲が良かった相手とも合わなくなるということは普通に起きる。

そうすることで友達や何でも話せる相手はいなくなってしまう。実際、自分も今、本音で何でも話し合えるような相手が家族以外にはいないので、現状維持に失敗したということになる。

「現状維持はよくないこと」というイメージを持つ人は多いが、実際のところ様々な面で見ても現状維持そのものも簡単ではない。人間は年を取るし、時代は進んでいるので現状維持となる前進ハードルを超えたいものである。

 

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。