独週刊誌シュピーゲル(2025年2月1日号)には日本から衝撃的なルポ記事が掲載されていた。日本の刑務所で高齢者の女性囚人が増えているというのだ。それも麺やコーラなど食料品やクロスワードパズルの本などをスーパーや店舗から万引きした窃盗犯罪が理由だ。日本の読者ならば既にご存じの事かもしれないが、海外に住んでいる当方にとってその話は初耳であり、内容は衝撃的だったので驚くというより、ショックを受けた。
シュピーゲル誌記者は栃木と岩国の女性刑務所をルポしている。刑務所にいる女性囚人は70歳、80歳代の高齢者が多い。記者は「なぜ高齢の女性がそれも貧困から止むを得ずといった理由でもなく、万引きなどの犯罪をするのだろうか」というテーマで女性刑務所を訪問して3ページ余りのルポ記事をまとめた。
会見した女性囚人は記者の訪問を喜び、自身の犯罪を喜々として話す。まるで冒険談だ。曰く「最初の万引きの時は緊張した。警備担当の人に捕まって警察署に行き、その後刑務所に留置された。刑務所では3食付きでフロも定期的に入れる。話し相手には事欠かない」という。
女性囚人をケアする刑務所の係員は「ここは高齢者ホームのようだ」という、そして「自分は囚人を監視する警備員というより、高齢者の女性を世話する看護人のようだ」と説明していた。多くの女性囚人は万引きで捕まってきた。そして刑務所では他の囚人との出会いを楽しむ。シュピーゲル誌記者と話した女性囚人は85歳で、刑務所暮らしは今回で3回目だという。
多くの高齢の女性囚人は以前は自宅で一人住まいだった人が多い。誰とも話さない日々が続いた。その意味で孤独が彼女たちを万引きに追い込み、刑務所では「生き生きとした日々」を送ることができるようになったというのだ。女性囚人の3人に一人は年金受給年齢者だ。20年前はその割合は10%に過ぎなかったという。岩国刑務所では最年長者の女性囚人は95歳だ。
独誌のルポから、少子高齢化、家庭の崩壊、高齢者の孤独といった日本社会の現実が浮かび上がる。もちろん、日本だけではない。少子化では隣国の韓国はもっと深刻だ。家庭の崩壊と言えば、欧米社会では至る所で見られる現象だ。ただ、高齢の女性囚人の増加現象では先進諸国の中でも日本はパイオニア的な立場かもしれない。
シュピーゲル誌は数年前、日本の若者にみられる「引きこもり」についても特集ルポを掲載していた。東京発のシュピーゲル誌は病む日本の社会的現象を鋭く掘り下げた記事が多い。今回の高齢者女性囚人ルポもその一つだろう。
少子化で、子供の数は年々少なくなってきている一方、医療技術が進んで高齢者は長生きできるようになった。その結果、高齢となって一人で住む人が多くなった。話す相手がいない生活が続く。そのような中で、高齢の女性が万引きなどの犯罪を犯すことで刑務所生活が始まる。そこでこれまで忘れていた生き生きした会話や人との交流が始まる、といったことだろうか。一人の女性囚人が「自分は今、家にいる」と語った。その女性囚人の言葉、「Ichbinzu Hause」がルポのタイトルとなっている。
ちなみに、孤独は人の魂を蝕むという。英国では2018年、メイ政権(当時)が孤独問題を扱う「孤独問題担当相」を任命し、欧州で先駆けて孤独に悩む国民のケアに取り組んでいる。当方が住むオーストリアでは老人と学生が共同生活する実験プロジェクトが実施中だ。老人たちは学生たちからその活力、エネルギーを受け、学生は老人たちから人生の経験を学ぶといった試みだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年2月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。