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ヘグセス米国防長官が、ウクライナのNATO加盟を支持しない等と発言したことが、話題のようだ。だがヘグセス長官の発言内容は、トランプ大統領が大統領選挙戦中から一貫して説明してきた停戦斡旋の方針の内容にそったものだ。
欧米の主要メディアが、「トランプ政権成立の暁には、マイケル・ポンペオ氏などが重用され、ポンペオ氏がトランプ大統領を無視して今まで通りの政策を遂行してくれる」などといった根拠のない空想を、垂れ流していた。
それを受けて、日本の「専門家」たちも、トランプ政権ではポンペオ氏が重用されてウクライナがロシアを駆逐するまで軍事支援を増強する、といった話をまことしやかに垂れ流していた。「アメリカの有名メディアがそう言っている」ということだけが根拠だった。
「空想」には最初から根拠がなかった、ということだけを知っていれば、今さらヘグセス発言に驚くべき要素はない。
ウクライナの軍事行動は、アメリカの支援に大きく依存しており、アメリカ抜きで戦争を継続することは著しく難しい。仮に戦争を継続したとしても、失地が広がるだけである。現時点ですでにウクライナは劣勢が続いており、ロシア軍の支配地が拡大し続けている。停戦が果たされれば、軍事的状況からは、むしろウクライナの利益に合致する。
問題は、ゼレンスキー大統領の去就だ。ゼレンスキー大統領は、ウクライナの「勝利」に固執する余り、戒厳令を理由にして選挙の実施も延期し、戦時下の特別な大統領権限を行使し続けている。停戦となれば、選挙を実施しなければならない。再選は目指さないと発言したことがあるゼレンスキー大統領だが、出馬しない場合でも、あるいは翻意して出馬する場合でも、選挙に向けたウクライナの内政は、混乱が必至だ。
「ウクライナは勝たなければならない」の外野の声に乗っかって、「勝利(するまで戦争を続ける)」を至上命題のようにしてきてしまった。アメリカでトランプ氏の再選可能性が高いことや、欧州諸国でウクライナに懐疑的な右派勢力が次々と選挙で勝利を収めている状況を、冷静に観察して、停戦のタイミングを見極めることを、拒絶してきた。ザルジニー総司令官を更迭し、ロシア領クルスク州に侵攻する合理性を欠いた軍事行動をとってでも、自らが主導する形での戦争継続を追求してきた。
そのため、停戦となった後のウクライナの政治運営の見通しは、不透明だ。ある意味で、戦時中よりも複雑で困難な内政運営が要請されるだろう。
アメリカもロシアも、ウクライナで大統領選挙が実施された場合のシナリオを計算して、停戦交渉に臨むだろう。ゼレンスキー大統領の再選の可能性は低いと見れば、実質交渉を先送りにしても、ただウクライナに選挙をさせることを目的にした停戦を仕掛けてくるだろう。
戦争継続派と和平合意派の争いの構図が生まれてくると、ウクライナの社会的分裂は深まることになる。ウクライナの国内には、武装した勢力が大量に生まれている状態だ。分裂が、どのような政治情勢をもたらすかは、不透明である。
冷戦終焉後の世界では、「戦争が終わると大規模な復興支援が始まる」、といった見込みを、安易に自明の前提とする風潮が広まった。しかし内政上の不安を抱えるウクライナの戦後復興支援は、戦時中とは異なった特有の困難を抱える恐れがある。
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