President of Russiaより
ウクライナ紛争に関して、「ロシアが勝者になってはならない」と岩屋毅外相は述べている。確かに国際法上、ロシアの行為は非難されるべきだ。しかし、ウクライナやジョージアなど旧ソ連諸国をNATOやEUに加盟させる一方で、ロシアを排除するという封じ込め政策がロシアの暴発を招いた側面もある。そのため、ロシアが一方的に悪いとは言い切れない。真珠湾攻撃は弁解の余地がないが、当時の国際情勢を考慮すれば日本にも一定の言い分があったのと同様である。
戦争そのものは、ロシアがウクライナの20%を占領しさらに支配領域を広げていることをもってどう評価するかだが、むしろ、戦争が始まってから、米国、英国,イタリア,カナダ,オランダで政権交代し、ドイツも確実にそうなる。フランス、日本、韓国、台湾では与党が議会の過半数を失ったことにも着目すべきだ。
一方で、ロシアのプーチン政権、中国の習近平政権、北朝鮮の金正恩政権は安定を維持しており、この対照的な状況は論じるまでもない。
なぜこのような事態になったのか。先日、ロシアに詳しい外交官の話を聞く機会があり、印象的だったのは、プーチンが徹底した健全財政主義を貫いたことがロシアの安定の最大要因であるという指摘だった。
昨今、積極的な財政政策こそが経済成長を促し、国防力を強化するという主張が広まっている。しかし、これは理論的にも経済学の常識から外れており、歴史的な教訓を踏まえても支持できるものではない。
エリツィン政権下の1998年、ロシアは財政破綻を起こし、デフォルトに陥った。銀行は取り付け騒ぎとなり、IMFの厳しい介入を受けた。
この苦い経験を踏まえ、プーチンはオーソドックスな財政政策を採用し、健全財政を維持。インフレ対策を重視し、財政の安定基金を設立して危機に備えた。その結果、2000~2007年にかけては原油価格の上昇も追い風となり、ロシア経済は年平均7%の成長を遂げた。
2008年のリーマンショックでは、一時的にマイナス成長に転じたが、安定基金のおかげで速やかに回復。一人当たりGDPは、プーチン就任時の2000年には世界94位だったが、2023年には68位まで上昇した。対照的に、ウクライナは140位から114位と依然として低迷している。
また、国際決済システムやクレジットカードの利用が制限された際も、ロシアは独自の決済システムを構築し、制裁を乗り越えた。
「戦争の最中に財政を考えるべきではない」という主張は根強い。実際、第二次世界大戦時にチャーチルはそのように述べ、フォークランド紛争時にはサッチャーもそれを引用した。しかし、これは「平時であればあり得ないほどの財政出動も選択肢になり得る」という限定的な話にすぎない。実際、イギリスはサッチャーの財政改革によって健全な財政を維持していたからこそ戦争を遂行できた。
アメリカ独立戦争も、財政的視点から見れば興味深い。イギリスと植民地が財政負担を顧みずにフランスとの戦争に勝利したものの、その後、負担の分配をめぐる対立がイギリスと植民地の内戦(独立戦争)を招いた。さらに、フランスも戦費の過大支出により財政破綻し、最終的にフランス革命へとつながった。
東アジア史においても、明王朝は豊臣秀吉の通商要求を拒否し戦争に突入。秀吉の死によって戦争は終結したものの、明は戦費負担による財政悪化を克服できず、最終的に清に滅ぼされた。
近年のコロナ禍では、ヨーロッパ各国が大胆な支出と減税を実施できたのは、それまでに財政赤字を抑えていたからである。コロナ収束後には増税を予告し、実行している。
日本について、「対外資産があるから大丈夫」という楽観論も聞かれるが、ロシアの例を見ると、欧米による資産凍結や差し押さえが現実的な脅威となる可能性があり、安易に頼れるものではない。
財政赤字を拡大すれば短期的には景気が良くなることもあるが、長期的な経済成長には健全財政が不可欠である。これは経済学の定説であり、歴史的な教訓も裏付けている。
マラソンに例えるなら、好成績を出すには日々の練習と適切な食生活で体を作ることが重要である。戦略やペース配分も大事だが、それだけでは限界がある。「ここが勝負どころだ」と全力を出すのは、一度のレースで一度しかできない。
ケインズ経済学も、単に「景気が悪いときに財政支出を削るのは不適切だ」と教えているにすぎず、財政赤字を無制限に拡大することを推奨しているわけではない。