トランプ大統領が「英仏首脳はウクライナでの戦争終結のために何もしていない」といって一騒動になっている。原因はマクロン大統領が「彼に『プーチン露大統領に甘く出るべきではない。そんな態度はあなたらしくないし、利益にもならない』と言うつもりだ」とか上から目線の発言をしたからその意趣返しだ。
マクロン大統領・ゼレンスキー大統領と会談するトランプ氏 2025年12月7日 マクロン大統領インスタグラムより
ただ、この指摘には真理もある。そもそも、英国はロシアとここ10年くらい厳しく対立して、ロシアの反体制派の後ろ盾になるなどしてきたから確信犯だ。
それに対して、フランスは、もともとドイツと共にウクライナのEUやNATO入りに慎重なこといっていたのである。それがロシアを刺激して不測の事態が起きる可能性があるからだが、拒否姿勢を明確にせずに曖昧にしてきたことがロシアの介入を招いた。
ところが、戦争が始まるとエスカレーター式に英国の立場に近づき和平への役にはまるでたっていない。
マクロンは私の留学先の23年後輩であるし、どういう国際法とか外交についての教育を受けてきたかは熟知している。その立場から言うと、まことに不思議なのである。
私は1980-1982年にフランス国立行政学院(ENA)に留学し、1990-1993年には、パリで欧州情勢の分析をしていた。そのころは、フランスの外交官や専門家とロシアや欧州の将来について毎日のように議論していた。
ちょうどマストリヒト条約が締結されて、EUや共通通貨が発足する準備が進んでいたが、フランスはEU統合を深化させ、共通通貨はラディカルに導入したがり、ドイツはやや及び腰だった。
また、フランスはEUの拡大にはやや消極的でドイツは東方への拡大に積極的だった。私はもちろんフランス人たちと同じ考えで、EUは将来においてもせいぜいチェコやハンガリーあたりを限度にするべきだという意見だった。
あとは準加盟で、EUのなかで決定に参加させるのはEUの自滅につながると強く警告していた。
とくにポーランドだけは入れるべきでないと思った。ポーランドの非合理的な感情論と全員一致主義で結論がなかなか出ない不可解な意思決定システム、ロシアやドイツへの極端な敵意はEUにとって時限爆弾になると思ったからだ。
しかし、結局は、欧州統合の深化と共通通貨をフランスの案で進めるかわりに、ドイツの要求(米国の希望でもある)のとおりEUは東欧へ拡大していった。
1993年6月には、中・東欧諸国やキプロスとマルタを含む拡大原則が合意され、1995年、フィンランド、スウェーデン、オーストリアが、2004年には、キプロス、チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、マルタ、ポーランド、スロバキア、スロベニアが加盟した。
NATOについても、1999年にポーランド、ハンガリー、チェコ共和国が、2004ブルガリア、エストニア、ラトビア、リトアニア、ルーマニア、スロバキア、スロベニアが加盟した。
濃い青色がNATO加盟国 Wikipediaより
これはプーチン政権の初期で、ロシアとEUの関係は良好で、プーチンはNATO加盟の可能性まで言っていた。ところが、だんだんプーチンの成功とロシアの国威復活が明らかになると、NATOもEUも反ロシア同盟の色彩を深め、さらには、ウクライナやジョージアでも加盟論がでてきた。
つまり、NATOやEUがロシア国境まで包含するが、ロシアは入れないというのである。こんなものをロシアが容認できるはずがない。アジアではTPPでも中国に門を閉ざしてないのだから大違いだ。
しかも、ウクライナやバルト三国におけるロシア系住民への差別や、リトアニア・ポーランド国境で飛び地になっている東プロイセンへの圧力などもロシアを怒らせた。また、ウクライナのヤヌコビッチ大統領がクリミア半島の軍港の租借を延ばしたらクーデターで倒された。
そこで起きたのがロシアのクリミア侵攻であり、ウクライナ東部の一部地域での親露政権の誕生である。これを受けて仏独と露宇のミンスク合意だが、ウクライナが誠意を持って守ったわけでなく、それがウクライナ侵攻の引き金になった。
フランスは、歴史的にロシアとは友好関係を結んで英米と一線を画してきた。ただ、マクロンは財務監察官を経て、ロスチャイルド銀行入りしたことから、フランスのなかでは珍しく英米のユダヤ系資本などと関係が深い。いわゆるディープステート寄りということになる(ディープステートというものがあるわけでないが)。また、アフリカでフランスはロシアのワグネルに取って代わられてきた経緯も、どっちが先かはともかくある。
マクロンが当選したときの共和党はフィヨン、再選されたときはペクレスが対立候補だったがいずれもやや親ロシアだった。また、極右のマリーヌ・ルペンもロシアとの関係は深い。なぜ彼らが潰されたかというのもある意味において気になるところだ。
いま英仏は、トランプ大統領とプーチン大統領の話し合いが進む中で、平和維持軍として軍を派遣していいとかいっているがロシアが呑むはずない。マクロンとしてはこれまでの失敗の照れ隠しで威勢のいいことを言わざるを得ないのだが、なんとか和平を目指すなら、フランス外交の伝統を活用し、もうすこしやれることはありそうだ。
私はロシア贔屓ではないが、平和を希求するためには現実と向き合うべきだという観点からトランプとプーチン主導でいいと思う。対中雪解けを主導したキッシンジャー外交が典型だが、平和を守るためには国際法とか正義だけでなく力の均衡が安定しないと無理だ。欧米はロシアを追い詰めすぎた。国際法に反したことはしてないといっても現実的妥当性がなかった。ウクライナまでNATOやEUに入れるのは、日本の安全のために日華事変を起こしたようなもの。東欧が満蒙、ウクライナは華北みたいなものだ。
かつて、キューバにソ連がミサイルを置こうとしたら、ケネディは核戦争の脅しまで書けて、ミサイルを撤去させた。アメリカが独立国同士の合意なら自分の鼻先にロシアや中国が進出してもいいと考えている訳で無いはずだ。
バルト三国やフィンランドなどのNATO加盟は大きな間違いだったと思う。しかも、ラトビアなどがロシア系への酷い差別をしているのは人権問題として許されないし、リトアニアがカリーニングラードとロシアの交通を妨害したりしたのは危険な火遊びである。
軍事同盟は加盟国を広げすぎるとかえって危険であることは自明の理である。軍事同盟に微妙な国を入れると入った方の安全は増すが、入れた方は火種を抱え込むのだから世界大戦の危険を冒す。いまさら離脱させるわけにもいかないが、ウクライナの加盟の可能性は排除した方がいいと思うし、NATOはロシアと衝突の可能性を減らすためきちんと話し合いをした方がいい。