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顧問・麗澤大学特別教授 古森 義久
アメリカ社会の最大問題ともなってきた不法入国者の激増がトランプ政権の新政策の結果、ここ1ヵ月で60年ぶりの少数へと激減したことが明らかとなった。トランプ政権は新任の国土安全保障省の女性長官の下で大規模な不法入国者の本国送還を断行しており、アメリカへの不法入国者問題は一変した新状況を迎えたようだ。
アメリカの移民・難民や密入国者の問題を研究している民間機関の「移民研究センター」(CIS)が政府当局の統計を基礎に22日にまでに明らかにしたところによると、2025年2月に入ってからの1日平均の不法入国者は全米で280人となった。
この数字はバイデン政権の誕生した2021年には1日平均5,333人、22年には6,423人、23年には5,590人、24年には2,872人だった。この場合の不法入国者とは合法的な手続きを経ずに違法にアメリカに入国し、米側当局に検挙あるいは確認された人たちを指す。
バイデン政権のきわめて寛容だった国境警備とは対照的にトランプ政権では基本的な公約の一環として警備の強化による不法入国者への厳しい予防措置がとられた。同時にバイデン政権時代に生じた合計1,100万とされる不法入国者に対する本国への強制送還措置もとられるようになった。
今回、明らかにされた不法入国者数はトランプ政権の発足から1ヵ月ほどでその激減を示した。1日平均280人という数は昨年の2024年の数字の2,872人とくらべると94%の減少となる。また過去の長い歴史をさかのぼっても、現在の数字は約60年前の1960年代の水準に近いという。
トランプ大統領は就任直後に国境警備に責任を持つ国土安全保障省の長官にサウスダコタ州知事だった女性のクリスティ・ノーム氏を任命した。ノーム氏は上院での任命承認を経て、実務に就き、国境警備と不法入国者の本国送還というトランプ大統領の最大公約の実施に積極的に取り組み始めた。
いま53歳のノーム氏は共和党の下院議員をも務めた共和党保守派で、とくに不法入国者問題では民主党バイデン政権の政策に強く反対する立場を鮮明にしてきた。「国境警備の断固たる強化」を主張して、サウスダコタ州の州兵をメキシコ国境へ派遣するという特別の措置までとっていたのだ。
さらにノーム知事はバイデン政権がベネズエラからの不法入国者約60万人に対してとっていた18カ月の臨時滞在の特別措置をサウスダゴタ州内では無効にするという厳しい措置をも打ち出していた。
ノーム氏が新長官となった国土安全保障省や国境警備を恒常的に実施する移民関税執行局(ICE)を管轄下において、メキシコやカナダとの国境の警備を強め、とくに不法入国者の入国の防止に努めている。
トランプ政権ではメキシコ、カナダとの両国境からは不法入国者とともに、主に中国で製造される合成麻薬アンフェタミンがアメリカに大量に密輸入されてきたとして、メキシコ、カナダ両政府に国境の警備の強化を要請した。だが両国ともこの要請にはすぐには応じなかった。
するとトランプ政権はすぐにメキシコ、カナダ両国からアメリカへの輸入品に一律25%の関税をかけるという報復措置をとった。これに対してメキシコ、カナダ両国政府とも、わずか1日にして譲歩策を打ち出した。いずれの政府もアメリカへの不法入国者を厳しく取り締まるために、国境地域に1万人の軍隊を配備するという措置をとったのだ。
トランプ政権はこの措置に応じて関税の実施は1ヵ月ほど停止することを発表した。事実上の制裁関税の撤回だった。理由は簡単、その効果が即時にあらわれたことである。
メキシコ、カナダ両国政府はバイデン政権中にはまったく実施しなかった国境地帯への軍隊の特別配備という措置をとったわけだ。その結果、アメリカへの不法入国者が激減することは当然だといえよう。
トランプ大統領は公約通り、就任直後から国内の不法入国者の本国送還に着手した。まずは犯罪容疑で逃走中、あるいは犯罪歴が明白、さらには犯罪集団のメンバーであることが確認された人物などをまず強制送還では優先する。まずはベネズエラとコロンビアへのそれぞれ数百人の強制送還の計画を進めた。ところがこの両国政府とも受け入れないと言明した。
するとトランプ政権は即時に、この両国に対する特別関税をかける方針を発表した。それに対してベネズエラ、コロンビア両国政府はなんと、わずか1日のうちにそれまでの態度を逆転させ、アメリカからの強制送還を受け入れると声明したのだった。トランプ大統領の関税措置は政治的武器としても明白な効果を発揮するのである。
こうしたトランプ政権の不法入国者対策の先頭に立つのがノーム国土安全保障長官なのだ。そしてその結果、アメリカへの不法入国者の数が歴史的な激減をみせてきたのである。
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古森 義久(Komori Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2025年2月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。