ウクライナは米国から有償の支援を受け取る準備がある

2月27日の『Wedge online』に「火事場泥棒トランプが狙うウクライナのレアアース」との見出し記事が載った。記事の著者は北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター教授の服部倫卓氏で、在ベラルーシ共和国日本国大使館専門調査員などを経て、2020年4月に一般社団法人ロシアNIS貿易会・ロシアNIS経済研究所所長をなさっていたと紹介されている。

表題はこの後に、「ゼレンスキー訪米で協定でも、噂の資源はどこまで有望か」と続き、冒頭の文節は以下のように書かれている。

1月の就任以来、事前に抱かれていた不安を上回るハイペースで国際関係をかき乱している米国のトランプ大統領。今度はウクライナに対して、とんでもない要求を突き付けた。米国が行っている対ウクライナ支援の見返りに、ウクライナのレアアース資源を差し出せというのである。ウクライナのゼレンスキー大統領が28日に訪米し、その交渉がなされるとも報じられている。

他方、本稿の表題「ウクライナは米国から有償の支援を受け取る準備がある」は、筆者のオリジナルでも編集部が付けたものでもなく、昨年4月7日にウクライナ唯一の国営通信社『ウクルインフォルム』が、前日にゼレンスキー大統領がウクライナのテレビ番組「統一ニュース」のインタビューで発言した内容を報じる、日本語記事の見出しである。

つまり、同教授のいうトランプ大統領の「とんでもない要求」とは、バイデン政権下の米国に対してゼレンスキー自身が要求しことに対する、トランプによる回答なのである。

国営通信社の記事の要旨は次のようであった。

ゼレンスキー大統領は、最近ウクライナを訪れた米国議員から「有償資金に同意するか? 資金が有償だったら、受け取らないか?」と問われた際、「我々はどのような形にも同意する。もしウクライナに有償(支援)パッケージを今日提供するか、無償で全てを1年後に提供するかと提案したら、“今日だ”と答えるだろう。選択肢はない。我々の選択は、生き延びて、勝利することだ。様々な手段でそれを行おうとしている」と強調した。

大統領はまた、いずれにせよ米国による支援は決定的だと述べた。同時に同氏は、ロシア・ウクライナ戦争は実際には世界中の安全保障の問題なのに、残念ながら、米国の国内問題となってしまったと指摘した。

大統領は、凍結されているロシアの資産のウクライナへの譲渡可能性についてもコメントし、「英国は、ウクライナに凍結資産を全てあげようではないかという。数千億ドルだ。素晴らしい、彼らに感謝している。しかし、それが単なる公のシグナルでしかないということのないよう実行しようではないか…。EUレベルで決定し、彼らはそれを採択せねばならない。今のところ、シグナル以外は何もない。しかし、武器は今必要なのだ」と述べた。

そこでトランプ側が求めているスキームだが、伝えられているところに拠れば、ウクライナの資源から得られた利益を別途設ける「基金」にプールし、半分を米国のものとし、一部をウクライナの復興に充てるとされる。対象資源はレアアースだけでなく石油・ガスも含まれるとされ、この仕組みにより、ウクライナは米国が供与した5000億ドルを返済せよという訳である。

これについて服部教授は次のように述べるが、ゼレンスキーは前述の様に述べているし、両大統領の会見はまだなので、現段階では少々トランプに厳し過ぎる表現のように感じられる。

これに対し、ゼレンスキー大統領は米国による支援は1000億ドル程度だったと主張している。そもそも、バイデン前政権が贈与として実施してきた支援を、事後的に負債と見なし、対価を求めること自体、どうかしている。しかも、トランプ政権側の立場によれば、これはあくまでも過去の支援に対する見返りであり、今後のウクライナの安全保障にコミットするつもりはないということである(その役割は欧州に押し付けようとしている)。この点で、ウクライナ側の立場と根本的に相容れない。

が、同教授のこの地域の専門家らしい諸分析はためになる。即ち、23年版『フォーブス』誌のウクライナの地下資源埋蔵額14.8兆ドルのうち、ドネツク州3.8兆ドル、ドニプロペトロウシク州3.5兆ドル、ルハンシク州3.2兆ドルとの記事を引き、24年末時点で、ルハンシク州の99.3%、ドネツク州の70%がロシアに占領されており(ドニプロペトロウシク州も前線から近い)、埋蔵量豊富とされるドンバスのシェールガス・オイルや、クリミア沖の石油・ガス田なども魅力だが、ウクライナがこの地域を奪還することが前提になる、とする辺りである。

またレアメタル(そのうちの希土類を指すレアアースを含む)に関する分析も興味深い。即ち、現時点でレアメタルが本格的な規模で採掘されている実例は乏しい上、使われている資源マップはソ連時代の地質調査に基づく古くて大まかな地図であり、商業開発を進めるためには資金を投じてより本格的な探査や試掘を行うことが必要となるはずだ、というのである。

また、レアアースのスカンジウムが中部のジトーミル州などに分布しているようだが、埋蔵量は国家機密だ。セリウムは中部ポルタヴァ州で埋蔵が、イットリウム、ネオジム、ジスプロシウムなどもあることが知られているが、レアアース資源の33%は、ロシア占領地域に所在するという。レアメタルのリチウムも欧州最大の資源量とされるが、これも中部のキロボフラード州はともかく、東部のザポリージャ州、ドネツク州の鉱床はロシアの占領下にあるとする。

同教授は論考を「米国側が実際にウクライナの資源状況を精査すれば、実は目ぼしいものはなく、トランプが主張する5000億ドル回収など夢物語であることが明らかになるのではないか。鳴り物入りで調印したとしても、実際の成果は挙がらず、本件はフェイドアウトしていく気がしてならない」と結んでいる。

だが、仮に同教授のいう通りになったとしても、それは米国にとっては何の損もない「デール」なのである。ましてや前述のようにゼレンスキー自身が「有償の支援であっても、今日にでも受け入れる」と述べていたのだし、自前の資源が自国の復興に活用できるなら、ウクライナにとっても損はなく、いわば一種の「居残り佐平治」といえる。

さて、トランプがなぜこれほどレアアース・レアアースや石化資源に拘るかといえば、それは対中国政策だからだ。グリーンランドの一件もパナマ運河と同様に地政学的な対中国対策であると同時に、グリーンランドの有望な地下資源も目当てなのである。付け加えれば金正恩との関係維持も北朝鮮の地下資源が視野にあるのかも知れぬ。

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その根拠を示して稿を結ぶ。笹川平和財団(「SPF」)の中東調査会主任研究員高橋雅英氏は、25年2月25日配信の「中国のクリーンエネルギー政策――トランプ政権が“パリ協定”から離脱しても推進する理由」と題する論考の中で、中国が「重要鉱物を確保する狙い」について、「中国のグリーンビジネスを支える重要鉱物」という一項を設けて考察している。

即ち、中国の最大の強みはクリーンエネルギー製品に不可欠な重要鉱物の世界的なシェアを握っていることだ。中国にはリチウムイオン電池に欠かせないリチウムとグラファイトが豊富にあり、リチウム生産量(24年)は、オーストラリアやチリに次ぐ第3位(総生産量の17%)、埋蔵量は300万トン(全体の10%)と推定され、またグラファイトは生産量・埋蔵量ともに世界最大(総生産量79%、総埋蔵量28%)だという。

コバルト・ニッケル・銅は、中国での生産量が少ないか採掘されていない。が、中国企業は世界各地の鉱物権益を囲い込んでおり、コバルトとニッケルではそれぞれ最大生産国のコンゴ民主共和国とインドネシアに、銅事業では主要生産国のコンゴ民主共和国・ザンビア・チリにそれぞれ投資し、権益を獲得して来、自国への販路網を構築することで、重要鉱物の国際的な供給網を占有しているそうである。

加えて中国は、鉱物確保の取り組みに重要鉱物の精錬・加工技術を兼ね合わせることでサプライチェーンを更に強化している。23年の世界の鉱物精錬・加工量に占める中国のシェアは、グラファイト91%、コバルト77%、リチウム65%、銅44%、ニッケル28%とのことだ。24年12月に米国による対中半導体輸出規制の強化への対抗措置として、電子部品の製造に必要なガリウム・ゲルマニウム・アンチモンなどの米国輸出を原則禁止した例も挙げている。

「SPF」の論考は「中国のクリーンエネルギー政策」に絞ったものだが、中国はレアアース・レアメタル全般について同様の囲い込みを行っていると考えるべきだろう。それを前提とすれば、トランプのウクライナ(やデンマーク)に対する「とんでもない要求」も、米国にとっては(西側諸国にとっても)当たり前なのではなかろうか。