第二次トランプ政権の目玉政策の一つである関税について。関税は経済サイクルではなく政治的なテーマであり、また進歩主義(progressivism)の見方からは明らかに反動的な動きであるので、あまり気が進まないテーマであるが、金融市場にとっても重要なものになりつつあるので整理せねばならなくなった。ここでは関税のスケジュールと分類に集中する。その経済や金融市場への影響は後日改めて整理しようと思う。
選挙中からトランプ陣営は追加関税の導入を公約として掲げてきた。従って第二次トランプ政権の爆誕に伴って、早かれ遅かれ追加関税が導入されることは想像に難しくない。
何なら減税など他の経済政策は議会対策を必要とするが、関税だけは大統領令で導入できるため、最も確実性の高い政策であった。特に中国との貿易戦争はバイデン政権の下でも継続されてきた方向性であり市場参加者もそれを覚悟してきた。しかし、初手から関税のヘッドラインは明後日の方向を向いた。
2024/11/25にトランプはSNSで中国からの輸入に10%、カナダとメキシコには25%の追加関税を発動する意向を示した。これは就任後の2025/2/1に「2/4に発動する」大統領令として署名され、カナダとメキシコの両国との交渉を経て3/4まで1ヶ月間猶予された。
中国への関税は予定通り2025/2/4より施行された。このスピード感は第一次トランプ政権が中国に対して発動した関税と比較しても極めて素早かったため、金融市場を一時的に混乱させた。
第一次トランプ政権下の関税
第一次トランプ政権下で実施された主な関税措置は主に以下の法案を根拠としている。これらの措置はいずれも調査期間が数ヶ月あり、追加関税に値する違反行為や理由があったかをそれぞれの担当部局が審査した。
・1974年通商法第201条に基づくセーフガード措置
根拠:WTOでも認められる大量輸入に対する救済措置
上限:税率上限なし、4年から8年
判断者:米国国際貿易委員会(USITC)
品目:大型洗濯機、太陽光発電製品
・1962年通商拡大法第232条に基づく追加関税
根拠:特定の製品の輸入によって米国の安全保障を損なう
上限:なし
判断者:商務省(DOC)
品目:鉄鋼製品(25%)、アルミニウム製品(10%)
(中国に限らず全ての国が対象となった)
・1974年通商法第301条に基づく追加関税
根拠:外国の通商行為、政策及び慣行が貿易協定の規定に違反
判断者:米国通商代表部(USTR)
上限:なし、継続要請がなければ4年間
品目:1万件を超える品目(7.5%~25%の追加関税)
第二次トランプ政権とIEEPA
それに対して、第二次トランプ政権で矢継ぎ早に打ち出された関税・追加関税は、調査期間を必要とするこれらの関税スキームではなく、IEEPA(国際緊急経済権限法, International Emergency Economic Powers Act)を根拠とする。
1977年に制定されたIEEPAは大統領に対し、国家非常事態を宣言した際に、「国家の安全保障、外交政策、または経済に対して、米国外にその全体または大部分の原因を持つ異常かつ特異な脅威」に対処するために、幅広い経済的措置を講じる権限を与える。
歴代の大統領は伝統的にIEEPAを経済制裁や輸出規制に頻繁に利用してきた。それを広範な関税賦課の根拠にも使えると主張してきたのは第一次トランプ政権でUSTR代表を務めたライトハイザーであった。中国との貿易戦争で米国側の代表として強硬な交渉姿勢を見せたことで有名なライトハイザーは第二次トランプ政権で閣僚入りしなかったが、その思想は生きたのである。
とはいえライトハイザーが述べた「米国の貿易赤字とその米国経済への影響の巨大さが脅威である」という理屈はさすがに通用しなかったようで、結局第二次トランプ政権は「不法移民と、フェンタニルをはじめとする致死性ドラッグの流入」という脅威をIEEPA適用の根拠にした。
より正確には第一次トランプ政権でもIEEPAを根拠とした、特定の国に対する広範な関税を発動させようとしたことはあった。2019年のメキシコへの関税案である。もっともこの関税案は表明後にメキシコ政府との交渉を経て見送られたため「発動」とはカウントされない。この時米国国内の議会や産業界からも非難轟々であった。
同じように中国に供給先や消費先として依存する米国企業は第一次トランプ政権では中国との貿易戦争にも反対の声を挙げてきたが、第二次トランプ政権ではそのような声は限定的である。あれから数年経ってサプライチェーン多様化が進んできたのと、パンデミック後の習近平政権のおかげでそもそも中国が消費先として魅力的でなくなってきたためである。
中国に対する関税発動が第一次トランプ政権の時より平穏に進んでいるのはこのような背景もある。理由は不明だが、第二次トランプ政権が発足して以来中国当局は先進国との外交の場で存在感を消しており、トランプ政権の関税表明に対して反発も、回避のための交渉を試みるそぶりもしなかった。中国に対しては淡々と関税が引き上げられるプロセスにあると判断できる。
EUへの伝統的な不満
カナダ、メキシコ、中国とは別に、第二次トランプ政権はEUに対しても関税導入について繰り返し声明を発表してきた。これらの発言は主に脅迫や計画の表明であり、具体的な決定や実施はまだ見られない。
カナダ・メキシコへの関税表明の直後から「次は欧州だ」と表明されてきた。しかしメキシコや中国と違って、EUは米国に対していかなる脅威ももたらしていないため、EUに対して国家緊急事態を宣言することを通してIEEPAを根拠とした経済制裁的な広範な関税を掛ける法的根拠は乏しい。
もちろんこれからトランプ政権がEUの脅威をでっち上げることもあり得るし、ライトハイザーが考えた屁理屈通りに「EUに対する貿易黒字そのものが脅威」を理由とすることもできるだろうが、今のところEUに対して関税を引き上げるとすれば、その根拠はより古典的なものになる可能性が高いと判断できる。
例えば「不公平な貿易慣行」が問題なら1974年通商法第301条が適用される可能性が高く、その場合はUSTRによる6ヶ月以上の調査や相手国との協議を経た後になる。
鉄鋼とアルミ
以上の各地域への攻撃とは別に、第一次トランプ政権時から始まっていた鉄鋼・アルミニウムへの関税が強化されることになっている。第一次トランプ政権では鉄鋼25%、アルミ10%の関税が導入されていたが、これを鉄鋼25%(据置き)、アルミ25%に引き上げる。
またこれまでの国別・品目別の適用除外制度が撤廃された。第一次トランプ政権の時と同様、根拠法は1962年通商拡大法第232条である。セクション232の適用は調査を必要とするが過去の調査結果を流用できるため、第二次トランプ政権は追加関税をスピーディーに打ち出すことができた。
鉄鋼・アルミ関税はラストベルトに対してMAGAをアピールするのに効果的、というよりそのための措置であり、恐らく諸外国とのディールの対象や駆け引き材料にはならない。
相互関税
これらの関税の枠組みとはまた別に、トランプ政権が選挙公約に掲げてきた考え方で、日本も対象になり得る「相互関税」も話題になってきた。
立法を目指すということからも分かるように、現時点で大統領が他国の関税率に合わせて関税を引き上げる明確な権限を持つ法律は存在しない。
しかし2/13にトランプは各部署に「相互関税に向けた検討」を命じた。これは国ごとに提案される個別関税の集合体になるようである。作業部局として商務部とUSTRが指名されていることは、国や分野によってセクション232とセクション301を使い分けるということを意味すると思われるが、調査期間が足りない気がするのは巻かせるつもりなのだろうか。
先進国同士の関税率は概して低い。例えば日本の米国からの工業製品の輸入に対する関税はほぼゼロであり、せいぜい農産品の関税が高いくらいであるため、相互関税は基本的に日本には関係ない話題である。EUも自動車の10%などは高く見えるが、平均関税率は3.95%であり米国のEUからの輸入にかかっている3.5%と大差ない。
伝統的に関税率が高いのは新興国であり、これはWTOが開発途上国に対して特別、差別的な待遇を与えたため許容されてきた。また消費税や非関税障壁もカウントされるとの考え方もあり、その場合EUは更に不利になる。
EUが自動車関税を引き下げる用意があると表明していることから分かるように、相互関税のナラティブの下ではいわゆる「ディール」に繋がる余地が比較的大きく残されている。そもそも国ごとの相互関税を定めるのは極めて煩雑な作業となる。
医薬品・自動車・半導体
4/2開始を目指す医薬品・自動車・半導体への25%関税計画は、一連の関税の中でも最も重大かつ透明性の低い措置である。
初登場は2/13の「相互関税に向けた検討」と同時であり、2/18に改めてトランプが宣言した。自動車だけ4/2と明言されており、残りの二分野はそこから1年かけて決めていくとされている。
根拠法は不明であり、半導体などは国防上の脅威としてIEEPAを持ち出すことも可能に見えるが、基本的にはセクション232やセクション301とのハイブリッドになるのだろう。この関税については4/2までの期間にかけて徐々に具体的に明らかにされていくと思われる。
関税の位置づけ
第二次トランプ政権になって五月雨式に打ち出された関税の背景や目的を整理すると、概ね下の四種類に整理されることについて異論は少ないだろう。
(1) 国内産業の保護と雇用創出:鉄鋼やアルミニウム産業など、伝統的な製造業を保護し、これらの産業における雇用を維持・拡大すること
(2) 貿易不均衡の是正:EUや中国などの貿易相手国との間で生じている貿易不均衡を是正し、公平な貿易環境を構築することを目指す
(3) 外交的圧力の手段:関税政策は通商上の目的だけでなく、外交問題の解決手段としても位置づけられる。例えば、隣国との関係改善や特定の政策変更を促すために関税が利用される。
(4) 歳入の増加:関税は、連邦政府の歳入源としての役割も果たす。トランプ大統領は外国からの関税収入を増やすことで、国内の税負担を軽減し、財政赤字の削減を図る意向を示している。
問題はそれぞれの割合である。(1)や(2)の方向性についてはあまり不確実性がないし、幅広く予想されてきた。問題は(3)と(4)であり、特に(3)の中でカナダ・メキシコへの強い圧力は市場参加者の想定を超えた。
メキシコなどは不法移民の流入源なので「特定の政策変更」を求める理由があるが、カナダに対する脅迫が多くの人々の予想を超えた背景として、それがほぼ完全な言い掛かりであったことが挙げられる。カナダから米国に流入するフェンタニルや不法移民は全体の1%にも満たない。従ってメキシコが取り締まりにかなり協力的であるのに対して、カナダが何をしたらいいのか分からない雰囲気を醸し出しているのは仕方がないところである。
ここでIEEPAの枠組みを思い出すと、各省庁に頼らない広範で迅速な関税導入には「国家非常事態」を宣言する必要がある。不法移民とフェンタニル対策を強制するための武器として関税が利用されているのか、関税を徴収するのが目的で不法移民とフェンタニルがIEEPA発動のために利用されているのか、必ずしも自明ではないのではないか。
歳入を維持するために一定額の関税を海外から徴収する必要が先行しているとすれば、「外交的要求」のゴールポストが動く可能性も考えられるのではないか。
関税のスケジュール
いずれにしろ、今後の様々な関税が発動されるタイミングは重要となる。ポジションを持っていて直撃されたら目も当てられない。
特に3/4のカナダ・メキシコへの関税の猶予期限切れ、4/2の医薬品・自動車・半導体への関税が重要イベントとなる。「アメリカ・ファースト通商政策」のための調査レポートの提出期限も4/1となっており、4/2の関税との関連は必ずしも明瞭ではないが、とにかくそのあたりに関税関連のヘッドラインが集中するだろう。3/12の鉄鋼アルミ関税はあまり不確実性がないと思われる。
直前に何らかのディールや軌道修正が成立する可能性ももちろんあるが、直前までそれを市場参加者が信じ続けた場合は発動にベットした方がオッズが良くなるかもしれない。
編集部より:この記事は、個人投資家Shen氏のブログ「炭鉱のカナリア、炭鉱の龍」2025年3月4日の記事を転載させていただきました。