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社会保険料の高騰が社会問題化し、公的医療費を削減するための具体策を各党が模索する中、「OTC類似薬を保険適用から除外する案」が注目を集めています。
公的医療制度を持続可能とし、また同時に医療費が国民生活への過度の負担とならないよう、風邪や花粉症といった軽微な症状であればセルフケアや薬局・ドラッグストアで対応する。これは海外諸国では定番の医療政策であり、妥当です。
日本が海外諸国と大きく異なる点は、諸外国では元々そうした観点から医療制度・医薬品販売制度を設計しているのに対し、日本では長年堅持してきた「軽微な症状でも医師への受診を促すフリーアクセス医療」からの転換であることです。
このため、OTC類似薬の保険適用除外に対する世論や有識者の反応も混乱しており、
「OTC類似薬は安全な分野であり問題ない。市販薬を購入し自分で治せばいい」
「医師から離れ、患者は自分で治療することになる。自己責任化は不適切だ」
などと、正反対の意見がそれぞれ噴出しています。
多少の違いはあるものの、いずれの国においても医薬品の販売・授与制度は基本的に同じ理念で設計されています。
『医薬品利用に関するリスク(医薬品自体の副作用リスクと、症状・病気への適用の難しさ)』を考慮して複数のカテゴリーに区分し、
自由販売 < 薬局・ドラッグストアで販売 < 薬剤師が販売 < 医師が処方
と、段階的にルールを設定しています。
日本では、これまで軽微な症状でも病院を受診する医療制度・文化であったからこそ、「医師にかかる必要のない薬は自由に使えばよい」という国民的な理解が導かれています。市販薬購入時に薬剤師と相談する習慣がある人は多くありません。
同時に、今後は軽微な症状で病院に行きづらくなるからこそ、「医師にかかる必要のない薬を的確に利用し、病院受診が必要な状況があれば、確実に見極める必要」が生じます。
この日本特有のチグハグな状況に対応し得る、最良の制度設計が求められます。
私をはじめ多くの薬剤師や医療関係者、有識者、政治家が、OTC類似薬を保険適用から除外すると同時に、『零売』を拡大するよう求めています。
- 医薬品「零売」規制の妥当性を問う ― 薬剤師の職能発揮を ―
- 「OTC 類似薬」議論のポイント ―薬機法改正法案は修正を ―
- 【医療費を年間4兆円削減できると主張】OTC類似薬を公的医療保険の適用外にする等の社会保険料引き下げ改革案 猪瀬直樹議員
「零売」とは、医療用医薬品のうち「処方箋医薬品以外の医薬品」を薬剤師が販売する仕組みです。薬剤師は購入者から症状や状況を聴取したうえで適切な薬剤を選択し、医薬品の使用歴、聴取内容や薬剤師からの助言なども記録されます。
「処方箋医薬品以外の医薬品」の保険適用除外と同時に零売を拡大することで、医療費の抑制と、医療の質の維持・向上を同時に実現することが可能です。
実際に、零売がどのように運用されているか、私の薬局での状況を後段にて紹介します。今後の議論の一助となることを願います。
ただし、日本医師会・日本薬剤師会・厚生労働省は現在、この零売を禁止するための議論を終え、現在すでに法案提出に至っていることに注目する必要があります。
医師会・薬剤師会にとって、OTC類似薬の保険適用除外は保険収入の減少に繋がりかねません。あらかじめ、保険適用除外の受け皿となる零売を法律で禁止し、対象薬の目安となり得る「処方箋医薬品以外の医薬品」の区分ごとなくしてしまえば、OTC類似薬の保険適用除外の議論も進みづらくなるだろう、との思惑と見られています。
このような動きは、利益団体としては仕方ないのかもしれませんが、社会保険料の高騰・若者や現役世代の苦境を考えれば、到底同意できるものではありません。高額療養費制度の上限引き上げ案が多くの批判を浴びたのと同様、従来の利益誘導政治では医療制度が限界に来ていることを受け止める必要があります。
自民党、あるいは野党の議員の方々には、業界団体への配慮ではなく、健全な医療制度・医薬品販売授与制度を優先して頂きたいと願っています。
零売の実際
- 「かぜ薬が欲しい」と来局:これまで罹患した際の症状と変わりなく、症状は軽いとのこと。これまでは市販の総合感冒薬をよく使っていた。総合感冒薬は多くの成分を配合しており他薬に比較して一般に副作用リスクが高い旨、自動車運転が不可である薬剤が多いことを説明。現在の症状に合わせ3種類のみ薬剤を選択。5日分を販売。1100円。
- 「花粉症の薬が欲しい」と来局:症状は強くないとのこと。昨シーズン使っていた市販薬はよく効いたが、口が乾きやすく眠気も強かった。口渇の副作用が少なく、眠気の少ない(自動車運転への注意記載がない)薬剤を選択。14日分を販売。980円。
- 「梅雨時期に入ると水虫になり、かゆい。薬が欲しい」と来局:趾間のびらん、肥厚爪あり。完治を希望するとのこと。完治を望む場合は受診が必要である旨、検査に影響するため、抗真菌薬は使うべきではない旨を説明。仕事が忙しく、しばらくは受診できないとのことであったため、抗炎症外用薬のみ販売。受診時には当該薬剤を持参し、口頭で症状・経緯を説明するか、スマホで現在の皮膚症状を撮影しておき、医師に提示するよう説明。760円。
- 冬季、皮膚の乾燥と下腿の湿疹にて来局:入浴方法やせっけんの使い方、選び方について説明。保湿剤と抗炎症外用薬を販売。1050円。
- 花粉症の目のかゆみにて来局:例年、市販の目薬で対応している。病院に行かずに済むならそうしたいとのこと。抗アレルギー目薬を販売するとともに、眼科検診の重要性について説明。時間のあるときに眼科受診するとのこと。1190円
- 咳止めが欲しいと来局:これまで15~20年の間、咳がよく出る状況が続いており市販の咳止めで対応してきたとのこと。喘息等を含む鑑別診断が必要である旨を説明し受診を勧奨。医薬品は販売せず。受診の結果、喘息と診断され吸入薬等による治療開始。
- 小児。顔のかゆみ、目の周りの腫れにて来局:同じ症状で過去に処方されたものと同じ薬が欲しいとのこと。眼周囲に抗炎症外用薬を使用する際は、定期的な眼圧測定が望ましい旨を説明。近いうちに眼科受診するとのこと。保湿剤のみ販売。830円
※ 省令、通知などの規制から、実際とは異なる場合がある。また自費での販売であり、施設によって料金体系や価格は異なる
おわりに
医療費削減の具体的な成果が必要な時には、薬剤師会やジェネリック医薬品メーカーといった政治力の弱い箇所を責めるのが容易い。
こうした政治や行政の考えによって、長らく弥縫策が積み重ねられ、この国の医療の歪みが大きくなってきたと感じます。昨今の医療用医薬品の供給不安、薬局業界の荒廃も、この文脈の中にあります。早急に、正当な医療政策への転換を求めます。
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高橋 秀和
薬剤師。