米国債売り vs 中国株上場廃止:貿易戦争は相互確証破壊へ

習近平国家主席(中国共産党新聞)とトランプ大統領(ホワイトハウスX)

トランプが「相互関税」等で始めた貿易戦争は、当初は日本や欧州連合(EU)を含む貿易収支黒字国全般をターゲットとしていたが、9日に発表した対中国を除く90日間の10%関税への猶予措置によって「対中攻勢」中心へと舵が切られた。そしてトランプ政権からは、その後も日々新しい方針変更が発信され株式市場はじめ世界が翻弄されている。

各国への貿易収支等の「結果バランス」要求は降ろされてないが、どうやら迂回貿易で抜け駆け等する事なく「中国兵糧攻め」に協力すれば加点ポイントが与えられ、逆であれば中国と一体と見做され苛烈な報復が待つ仕組みが目論まれているようだ。

半導体、AI関連製品など、次世代技術の分野においても、中国製品への高関税と米企業の中国依存脱却が図られている。米政府の主張は「国家安全保障の脅威」および「不公正な国家補助政策」であり、単なる貿易赤字解消ではない。なお今今は、トランプは対中関税圧力を弱める方向に動いているが、明日になれば又分からない。

米国覇権の構造的限界

そもそも、トランプが貿易戦争を仕掛ける背景には、以下のような内在する構造的課題がある。

トランプはこうした弱点を補うため、対中輸入制限と国内回帰型の「経済ナショナリズム」を再始動させた。

総じてこれまで米国は、世界覇権を維持するために貿易赤字と軍事費を負担し、足りない分はドル札を刷り捲って埋めて来た。これを永遠に続けて行けばよいと言う論者も一定数居るが、そうすればやがてドルの信認は失われて行く。無理に維持しようとするなら、非常に荒っぽく言えば絶えず世界に紛争を起こし戦争経済を回して行く必要があるだろう。

このスキームを限界と捉えているビジネスマンで不動産屋出身のトランプは、各国とディールを結び世界覇権からは一段降りた位置から、盟主として収まり世界の均衡を実現する方法への転換を図っている。こうした背景の下に、各国は従来の「自由貿易の理想」とトランプ流の「結果バランス」との間で、選択を迫られている。

米中の攻撃手段と弱み

ここで今一度、米中双方の攻撃手段と弱みを整理してみると以下のようになる。

米国の攻撃手段

  • 中国製品への高関税措置の強化・継続
  • 先端技術(AI・半導体・量子)輸出の全面規制
  • 他国と連携した中国孤立化、米国陣営側からのデカップリング
  • 「武漢研究所からの新型コロナ流出」責任の追及
  • 中国企業の米国市場での上場廃止

米国の弱み

  • インフレ圧力の再燃(関税分が消費者価格に転嫁)
  • 金利上昇による財政圧迫と株式市場の不安定化
  • “America First”の再演による国際的孤立化懸念
  • 米国債の大量保有国=中国というリスク(約7500億ドル相当保有)

中国の攻撃手段

  • レアアース輸出制限(世界供給の約70%を占める)
  • 米企業に対する行政報復措置(Apple、Teslaなど標的化)
  • 「自由貿易」を錦の御旗にした、他国と連携した米国孤立化、中国陣営側からのデカップリング
  • BRICS新通貨構想やデジタル人民元によるドル代替の試み
  • 米国債売却による市場揺さぶり

中国の弱み

  • 不動産バブル崩壊後の成長停滞(大手デベロッパーの債務不履行続出、GDPの約30%を占めていた不動産関連が収縮)
  • 若者の失業と高齢化の同時進行(都市部16〜24歳の失業率は21.3%:2025年2月、65歳以上の人口が2億人超)
  • 米技術遮断によるハイテク産業の頭打ち、資本流出
  • 習近平の権力過集中による「責任分散不能」な政治構造、習近平への軍部の静かな反乱、権力基盤の動揺
  • 内政の不満はSNSでは抑え込まれているが、地方幹部や都市インテリ層の離反が静かに進行

相互確証破壊(MAD)と世界が恐れる「暴発」

この内、特に中国による米国債大量売却と、米国による中国企業の米国市場での上場廃止は、相手を経済的に破滅させる手段と成り得るだろう。しかし、それは自国と第三国にも大打撃をもたらす経済核兵器である。

中国の「核」である米国債大量売却は、米長期金利を押し上げ、ドル信認に揺さぶりをかける。先日の米国債大量売却は、中国でもなければ農林中金でもなく米国機関投資家によるものだろうという事になっているが、米10年債利回りは急騰し、5.05%を突破。ドル円は1日で1.8%下落した。なお、人民元安・資本逃避も誘発し、中国自身の金融安定をも脅かした。

米国の「核」である中国企業の上場廃止は、米国債売却よりは小型だが、中国企業のドル調達遮断により資本市場を締め出し、外資依存を高める中国企業の信用低下を招く。しかしウォール街(ブラックロック、バンガード)など米資本も打撃を受ける事になる。

この経済版相互確証破壊(MAD)は、理性が維持される限りは均衡を保つ。しかし、「偶発的に」でも行動が暴発すれば、世界経済全体が深刻な後遺症を負う。グローバル市場の混乱、食料・エネルギー価格の急騰、供給網の分断と、発展途上国の経済危機、米中国内の失業・政権不安定化で、世界はスタグフレーションから世界恐慌に向かうだろう。またその状況下で習近平が博打を打ち台湾侵攻を図る等、台湾・尖閣、朝鮮半島、中東、欧州・ロシアで新たな紛争が起こり第三次世界大戦を誘発するリスクもある。

米中貿易戦争は、普通に考えれば関ヶ原の合戦のように自陣に味方を多く抱え込んだ側が勝利するだろう。だが、現在は潜在的にボタンに指をかけたまま睨み合う緊張状態である。そして、かすかな誤解や政権の焦りで、誰かがそのボタンを押してしまうリスクは消えていない。

互いに最終兵器は使わず、トランプが武漢研究所コロナ漏洩(説)の責任追及で、国際世論も巻き込んで習近平をジワリと追い込み、しかし止めは刺さずに軍事的には中露及び日本を含むその他で包囲し中共を暴発させずに処理するスキームを構築する。そして経済的にも米国が覇者ではなく盟主として世界をバランスさせて行く。そんな流れに落とし込めればベストだと筆者は考えるのだが、果たして…。