今年のゴールデンウィークに訪ねた大分県。最後に訪ねたのは大分県北部の町、中津市。駅名標にもある通り、福沢諭吉の故郷。
駅の構内はどこもかしこも福沢諭吉。中津市きっての有名人であり、全面的に諭吉推しです。
が、わたしが中津に来た理由は別にありました。この町は近年唐揚げの町として知名度を向上させており、町のいたるところに唐揚げを食べられる店があります。今回は唐揚げ目当てにお昼ご飯を我慢してここにやってきました。
最初に訪ねたのは駅から歩いて5分ほどのところにある彩鶏々(イロトリドリ)さん。
店内はどこかアメリカンな雰囲気です。「オーナーの気まぐれ裏メニュー なんこつ」。こんな大々的にレジのところに出ていたら裏メニューじゃないんじゃ…?
こちらは数々の賞を受賞しているようで、賞状が数多く掲げられていました。「せせり」がこの店の名物なようです。
ということで(?)、ムネ肉を購入しました。せせりもそそられたんですけどね。ムネ肉がうまい唐揚げ屋さんはまずはずれがないので、今回はお試しでムネをいただきます。揚げたてということもありますが、ジューシーで文句なしにうまい!地元九州産の鶏肉を新鮮なまま仕入れ、秘伝のたれと呼ばれるニンニクだれに付け込んだことによってでるこの味わいはほかに店では真似することができません。
この日はどんより天気で今にも雨が降りそうだったので食べ歩きにはイマイチ不向きな天候だったんですが、すぐに食べてしまったので何の問題もありませんでした。
というわけでもう一軒よりましょう。唐揚げのハシゴです。こちらも有名店「からいち」。
こちらではモモ肉となんこつを注文しました。町を歩きながらコリコリと歯ごたえのいい新鮮ななんこつをいただきます。おやつ感覚で行けちゃいますね。
赤壁寺とも呼ばれる「合元寺」。
中津は城下町として発展しましたが、駅から城に向かう途中にはいくつかの寺がまとまって集う寺町もあって情緒ある町並みが広がっています。そんな町をなんこつをコリコリと口にしながら歩いていくのもなかなかいいものです。
なんこつを平らげつつ中津駅から約20分ほど歩いて福沢諭吉の旧居に来ました。
福澤諭吉は中津藩の下級武士、福澤百助の末子として誕生し、1歳から蘭学を学ぶために長崎に移る19歳までの18年間をこの町で過ごしました。家族などと不和になったこともあり、長崎に出たあと一時的な帰省を除いてこの町に帰ることはありませんでしたが、彼のアイデンティティはこの町で過ごすことによってはぐくまれていきました。
旧居で勉学に励む幼少期の福澤諭吉が遠くに見えます。実際彼は幼少期はあまり本を読むのは好きではなかったそうですが、いざ本を読み始めるとめきめきと漢学などの知識を習得していき、その才能を開花させていったといいます。長崎にいる間にオランダ語を習得し、開国後に日本に来た外国人にオランダ語で話しかけたところ全く通じず、そのとき外国人が話していた英語の学習の必要性を強く感じたといいます。
ちなみに福澤諭吉は西洋文化を日本に取り入れるにあたり、freedom→自由、individual→個人、happiness→幸福など、それまで日本になかったものや概念の多くを日本語化して定着させています。福澤諭吉がいなかったら幸福ってなかったんですね。
街なかには福澤諭吉のありがたい教えがあちこちに掲げられています。
おそらくは中津市では小学校で福澤諭吉の言葉を学ぶと思われますので、福澤諭吉の教えはこの町に深く根付いていることでしょう。
最後は石垣からはみ出ている中津城を訪ねる。
唐揚げを食べるためにやってきた中津市でしたが、思いのほか唐揚げのPRはお店以外の場所では少なく、諭吉推しという印象でした。両方とも推してもらえればもっともっと中津市の知名度も上がっていくと思うんですがね。
2店の唐揚げを食べてそのおいしさに驚いた唐揚げの町、中津。諭吉の故郷を訪ねつつ食べ歩きを楽しむのには最適な場所だと思います。大分観光の際はみなさんもぜひ立ち寄ってみてください。
編集部より:この記事はトラベルライターのミヤコカエデ氏のnote 2025年5月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はミヤコカエデ氏のnoteをご覧ください。