ウクライナのゼレンスキー大統領が12日午前、ローマ・カトリック教会の新教皇レオ14世と電話会談したとのニュースを聞いて、同大統領が2023年5月13日、イタリア訪問中、ローマ・カトリック教会の総本山、バチカン教皇庁を訪れ、前教皇フランシスコと会談した時のことを思い出した。
信者たちと談笑する新教皇レオ14世、2025年5月17日、バチカンニュースから
ゼレンスキー大統領はフランシスコ教皇との会談後、テレビとのインタビューの中で、「ウクライナには調停者は必要ない」と明言した。ゼレンスキー氏は教皇との会談後のツイッターでも、「被害者と加害者を同一視することはできない」と書いている。これらの発言は、ウクライナ戦争でロシアの蛮行を明確に非難しないフランシスコ教皇に不満を吐露したものと受け取られた。
フランシスコ教皇は過去、ロシア軍の「ブチャの虐殺」や民間施設への砲撃などを非難したが、戦争がロシアの軍事侵略から始まったという認識が薄く、戦争両成敗といった姿勢が強かった。ロシア軍の攻撃で多くの犠牲者が出ているウクライナにとってそのような態度は甘受できなかったのだ。
それではレオ14世とゼレンスキー大統領の電話会談はどうだったのだろうか。ゼレンスキー大統領は、自身のソーシャルメディアチャンネルXで、新教皇と電話で会談したことを報告、「私は教皇レオ14世と話した。それは私たちの最初の会話だったが、とても温かく深い内容だった。私は、ウクライナと国民全員に対する教皇の支援に感謝した。そして新教皇をウクライナに招待した。新教皇のウクライナ訪問はすべての信者と国民全体に真の希望をもたらすだろう」と述べている。
同大統領はその後、長文の投稿で、サン・ピエトロ大聖堂の中央ロッジアで行われた11日の「レジーナ・チェリ」でのレオ14世の言葉を紹介している。新教皇はウクライナに真の、公平な、永続的な平和が実現できるようにと述べた。また、ロシアによって強制送還された何千人ものウクライナの子供たちについても語っているのだ。ちなみに、レオ14世は教皇に選出されて最初の正午の祈りの中でも、「愛するウクライナ国民の苦しみを心の中に抱えている」と吐露している。
ゼレンスキー氏は2年前のフランシスコ教皇との対面会見では厳しい表情だった。それに比べ、レオ14世との電話会談の内容を語る同氏には喜びが溢れている。
フランシスコ教皇の対ウクライナ政策を批判するつもりはない。多分、フランシスコ教皇とレオ14世にはウクライナ情勢への受け取り方で大きな相違はないはずだ。ただ、ウクライナ国民の痛みに触れたレオ14世の言葉がゼレンスキー氏の心を捉えたのだろう。
教皇レオ14世は15日、バチカンでウクライナ・ギリシャ・カトリック教会のキエフ大司教スビアトスラフ・シェフチュク氏を迎えている。そしてシェフチュク大司教もレオ14世との会見に感謝の意を表しているのだ。
同教会のプレスリリーフによると、「新教皇は、サン・ピエトロ広場での最初の公開正午の祈りの中で、ウクライナ国民の苦しみをはっきりと思い起こし、真の、公正な、永続的な平和を求めるとともに、すべての囚人の釈放と拉致された子供たちの家族の元への帰還を求めた。これらの言葉はウクライナ国民の傷ついた魂に真の精神的な慰めとなった」と説明している。
トルコのイスタンブールで16日、3年ぶりにロシアとウクライナ間の停戦に関する直接交渉が行われた。ただし、プーチン大統領とゼレンスキー大統領は同協議には参加できなかったこともあって,協議の大きな進展はなかった。外電によると、軍事的に攻勢するロシア側の過大な領土要求と威喝にウクライナ側が強く反発して協議は終わったという。
ところで、ウクライナの停戦交渉でレオ14世が貢献できる機会があるだろうか。考えられるシナリオは、レオ14世がロシア正教会の最高指導者モスクワ総主教のキリル1世と会見し、ウクライナの停戦実現のために説得することだ。
キリル1世はプーチン大統領のウクライナ戦争を「形而上学的な闘争」と位置づけ、ロシア側を「善」として退廃文化の欧米側を「悪」とし、「善の悪への戦い」と解説してきた。キリル総主教は2009年にモスクワ総主教に就任して以来、一貫してプーチン氏を支持してきた。キリル1世はウクライナとロシアが教会法に基づいて連携していると主張し、ウクライナの首都キーウは“エルサレム”だという。「ロシア正教会はそこから誕生したのだから、その歴史的、精神的繋がりを捨て去ることはできない」と主張し、ロシアの敵対者を「悪の勢力」と呼び、ロシア兵士に闘うように呼び掛けてきた張本人だ。
フランシスコ教皇は生前、キリル1世と会見して何度か試みたが成功できなかった。他者とのコミュニケーションに特別の才能を有するといわれるレオ14世がキリル1世を停戦に動かすことができれば大きな貢献だ。レオ14世とキリル1世の両宗教指導者の歩みよりを期待したい。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年5月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。