「愛子天皇」はなぜ許されないのか

池田 信夫

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読売新聞が女系天皇に道を開く皇室典範の改正を提言して話題になっている。これは男系男子の皇室典範を守ると、皇室が絶えてしまうという心配によるものだ。

皇位を継承できる男性は秋篠宮親王、悠仁親王、常陸宮親王の3人しかいないが、秋篠宮は今年60歳、常陸宮は90歳になる。このままでは皇室が絶えるおそれがあるので、将来は女系天皇を認めようという読売の提言はもっともだ。

しかし与党だけでなく野党からも反発が出ている。その理由は、有識者会議で男系男子を守る方向で議論が集約され、今国会で結論を出すからだというが、そんなことは理由にならない。読売はまさにそのタイミングをねらって提言を出してきたのだ。

「男系の皇統」は明治時代の男尊女卑の価値観

女系を認める皇室典範の改正は、2005年に小泉内閣で法案化されかけたことがあるが、悠仁親王が生まれて立ち消えになった。その後20年も議論が先送りされた末に、女系を排除して結論が出るのは奇妙な話である。

日本以外の世界の王室では、今は男女にかかわらず直系の子孫に継承するのが普通である。側室がいないと、王家が絶えてしまうリスクが大きいからだ。ところが日本だけは男系男子に固執し、直系の子孫である愛子様を除外して皇位継承順位を決めている。

彼らは男系男子が「古来の伝統」だというが、島田裕巳氏も指摘するように、これは明治時代に井上毅が皇室典範を決めたとき決めたルールで、古代にはなかった。彼は明治19年の「謹具意見」で、男尊女卑の信念を次のように明言した。

男を尊び女を卑しむの慣習、人民の脳髄を支配する我国に至ては、女帝を立て皇婿を置くの不可なるは多弁を費すを要せざるべし。

女帝は「男系の中継ぎ」というのも詭弁

8人の女帝がすべて「男系継承の中継ぎ」だったというのも、男系を正当化する詭弁である。天皇の系図がたどれるのは継体天皇からだが、『日本書紀』は継体を垂仁天皇の女系の8世の子孫と書いている。持統天皇の女系の孫が文武天皇、元明天皇の女系の娘が元正天皇、元正天皇の女系の甥が聖武天皇である(赤が女帝)。

中継ぎなら男子の後継者が産まれたら交代するはずだが、推古天皇は36年、孝謙天皇は15年、神功皇后は69年も天皇の役割を務めた。日本の伝統は卑弥呼の時代から女系(双系)であり、『日本書紀』でも皇祖のアマテラスは女性である。天皇は軍事的指導者ではなく「祭祀王」だったので、武力をもつ男性より象徴的な女性のほうがよかったのだ。

『日本書紀』で過去のいろいろな王家のオオキミに「**天皇」という謚(おくりな)をつけ、あたかも万世一系の皇統があるかのように歴史を書き換えたのは藤原不比等である。藤原氏が娘を天皇の妃にしてその外戚として実権をふるうには、男系継承のほうが都合よかったからだ。

しかし天皇につねに男子が産まれるとは限らない。側室は多かったが、天皇に子供をつくる能力がない場合もあった。そういう場合には、天皇以外の男性の子が皇位を継承する場合もあった。それは日本に宦官がなく、御所に男性が自由に入れたことでもわかる。

中国では後宮は男子禁制で去勢した宦官しか入れなかったが、日本の御所はオープンで、天皇以外の男性が側室に子を産ませてもわからなかった。「天皇は古代から天皇家のY染色体を継承してきた」という笑い話があるが、もし古代の天皇の遺骨をDNA検査したら、今の天皇が古代の遺伝子を受け継いでいないことがわかるだろう。

皇室の跡継ぎは天皇家が決めればいい

強制的夫婦同姓にしても男系天皇にしても、明らかな男尊女卑のルールが残っているのは、文明国として恥ずかしい。2024年に国連の女性差別撤廃委員会は、日本の皇室典範は男女差別だとして、その改正を勧告した。

これに対して林官房長官は勧告の削除を申し入れたが、上にみたように男系男子は古来の伝統ではなく、たかだか明治の伝統であり、もっといえば井上毅の儒教道徳にすぎない。野党まで昭和老人に迎合して、こんな時代錯誤のルールを擁護するのは困ったものだ。

世界の王室の常識から考えると、天皇皇后両陛下の直系の子孫である愛子様が皇位を継承するのが当然であり、女帝を排除する理由はない。日本の伝統では血統ではなく「家」を継承するために養子を取るのは当たり前で、男系と女系の区別には意味がないのだ。

皇室が自然消滅したら共和制に変えるのも一案だが、少なくとも今の皇室を守るには「愛子天皇」が一番シンプルでわかりやすい。世論調査でも8割以上が女性天皇に賛成である(女性天皇と女系天皇との違いはほとんどの人にはわからない)。

皇室典範は明治時代には法律ではなく、天皇家の私文書だった。それが戦後、法律に格上げされたが、儀礼的な役割しかない天皇の跡継ぎを政府が決める必要はない。伝統に回帰するなら、側室を復活することも一案である。男尊女卑の皇室典範は廃止し、皇室の跡継ぎは皇室が決めてはどうだろうか。