黒坂岳央です。
「生き残りたければリスキリングだ」、書店にはビジネス書が並び、SNSでもリスキリングという言葉で溢れかえっている。確かに知識やスキルの賞味期限が極めて早い現代社会でリスキリングは必須だろう。しかし、何でもかんでも学べばいいというものではない。
2023年のWorld Economic Forum「Future of Jobs Report」では、2025年には全雇用の約30%が自動化されると予測されている。確かにこの変化に対応するには、リスキリングが不可欠だ。だが、AIと競合する中途半端なスキルを身に着けても、砂漠に水をまくように徒労に終わるだけだ。
本稿は、仕事別にリスキリングの投資価値を考察する意図を持って書かれた。
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スキルの賞味期限は40年→2年に
かつて「手に職をつければ一生安泰」と言われ、おおよそ20代までに身に着けた技術でその後の人生の仕事をすることが当たり前だった。しかし、そんな時代は終わりを告げることになる。
オンライン学習プラットフォームのedXが2023年10月に発表した調査結果によると、経営層の約半数(49%)が、「現在の労働力に存在するスキルの約半分は、わずか2年後にはもはや関連性がなくなるだろう」と予測している。また、HowNow社の「Skills Gap Statistics」では「37%のリーダーが、現在のハードスキルの賞味期限は2年未満だと感じている」という調査もある。
もちろん、これは「2年ごとに異業種で働け」といった極論ではない。多くのスキルは2~5年で陳腐化する傾向にあり、あくまで現行スキルに付加価値を加え続けるという意味合いでのリスキリングだ。だが、何もしなければ現行のスキルの価値は著しく減価すると解釈しても差し支えないだろう。
かつてはスキルの耐用年数が数十年とも言われたが、今はそれがわずか数年へ圧縮される。こう聞けば、リスキリングの重みが伝わってくるはずだ。リスキリングは「一部の意識高い系の話」ではなく、もはや生存戦略の必須科目なのだ。
AI時代の学び直しは「置換・強化・耐久」
ここまでの話でリスキリングの必要性は理解できたはずだ。ではここからは具体的にどんなスキルがAIの波に飲まれ、生き残るのか?を考察したい。
そのためには現在の業務とスキルを、以下の3分類で棚卸しすることが必要だろう。
なお、下記の3分類のフレームワークは、特定の単一の提唱者や学術論文に明確に定義されているものではない。これはAIの得意領域と不得意領域、および人間とAIの協働可能性に基づき、AIが労働市場やスキルに与える影響に関する様々な議論やレポートから、共通して見出される概念を整理し、筆者が独自に構築したものである。
『置換スキル』
いわゆるAIに置き換わることを運命づけられたスキルだ。具体的にはデータ入力、定型文での問い合わせ回答、既存データからの資料作成といった単純作業で、これまでは派遣社員やバイト、新卒の仕事で振り分けられる事が多かったものだ。
これらの仕事の特徴はロジックが明確で、大量のデータ処理の中でパターン認識や予測ができる。それでいて人間が行うとヒューマンエラーが想定される。
AIは「定型的」「反復的」なタスクは得意中の得意だ。しかも一度ロジックを作れば間違えずに、高速処理、低コストで対応してくれる。今からこの仕事に時間を投下するのは、自殺行為に等しい。他の付加価値の高いスキルへのシフトが賢明だろう。
『強化スキル』
これはAIを相棒のように活用することで、自身の能力を拡張・加速できる仕事である。具体的にはデータ分析(AIによるパターン発見・可視化)、コンテンツ生成(記事草稿・企画案の自動生成)、コード生成・デバッグ、マーケティング戦略立案(AIによる市場トレンド分析)が挙げられる。
これらの仕事の特徴は、すべての工程をAIに丸投げはできない(少なくとも現時点では)点だ。人間の専門的な知識や判断が必要で、AIが膨大な情報処理や高速な試行錯誤をサポートすることで、個人の生産性が劇的に向上する。この仕事に従事する人には「AIスキル」が求められるだろう。
筆者自身もこれにあたる。具体的に言えば、執筆する原稿作成の支援、法人業務の自動化プログラム開発などだ。自分が構想や戦略を持ち、仮説や検証、エラーチェックなどの工程をAIに任せることで、仕事の効率化、ミスの防止、そして質と量の向上を実感している。
『耐久スキル』
AIでは代替されにくい領域だ。人間特有の創造性、共感力、複雑な意思決定、倫理観などが求められる仕事で、AIは「ツール」という位置づけだ。これらのスキルはAIが進化しても価値が減じにくい。
具体例には経営者、保育士、プロスポーツ選手、心理カウンセラーといったものだ。これらの仕事の特徴は、人間同士の交流を通じてのみ生まれる価値や、重大な判断を必要としたり、人間がすることでのみ価値が生まれるものである。
AIは定型作業で高い効率を発揮するが、倫理的判断や創造的アイデア、そして複雑な人間関係の構築は人間の強みを活かす領域だ。AIも万能ではないことを理解し、その限界と可能性を見極めることが重要である。
まとめると、強化スキル、耐久スキルの仕事につき、自分のビジネスを拡張するためにAIを使いこなす。これが現時点では極めて投資効率が見込まれるリスキリングになり得るだろう。
必要なのは「お金より時間」
生成AIの開発には莫大なコストがかかる一方で、それをツールとして仕事で使いこなすスキルワーカー側にそれほどのコストは求められない。厳密に言えば、AIツールへの課金要素はある(筆者も複数のAIに課金して使っている)。
だが、月額数万円規模のオーダーは一部のプロフェッショナルに限られ、普通のビジネスマンなら無料、課金してもせいぜい数千円のコースで十分だ。高額なスクールに通う必要はなく、3,000円くらいの自己投資なら多くの人に無理はないだろう。
それよりも真の課題は時間だ。AIを使いこなす熟練にも時間が必要だし、これまで人力でやっていた業務を自動化するといった、個人レベルのイノベーションを起こすにもまとまった時間が必要になる。
筆者もそれまでちまちま書籍を読みながら、小さなアプリ開発でプログラミングの独学をしていたのだが、AIを活用することで本格的な自動化ツールを開発できるようになった。これにより、クラウドソーシングで外注していた開発業務をやめ、全部AIで作るように変わった。
これは自分にとって劇的な変化が起きたわけだが、かかったのはコストではなく時間だ。もちろん、熟練するたびに開発期間は短縮していくわけだが、慣れるまでは誰しも時間がかかる。その期間を耐え抜き、スキルとして身につくまでは資金より時間が必要というわけだ。
例えば、1日30分の学習を習慣化し、オンライン講座のCourseraやUdemyの短時間コースを活用することで、忙しい合間でも効率的にスキルを磨けるだろう。
◇
今からやるべきは自身の仕事を「AIで代替されるか」「AIで拡張できるか」「AIにできない人間固有の価値か」で点検することだ。AIスキルをつけることは「自分でやった方が早い」などと考えず、業務を任せる経験から1つ1つ毎日小さな一歩を積み重ねることである。
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