トランプ関税は勇み足だったのか?:揺れる裁判所の判断

昨日の報道、「米国際貿易裁判所は28日、トランプ大統領が1977年の国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠に広範な関税を課したことについて、大統領の権限を逸脱しており、これに伴い導入された関税は違法」(ブルームバーグ)は不意を突かれた感じがしました。

IEEPAは大統領に無限の権利を与えているものではありません。これはわかっていますが、国際貿易裁判所ががあっさり大統領の勇み足と判断をしたことがあまりにもあっけないと感じています。またトランプ氏が関税プランを披露した時、IEEPAを根拠法にしていたことに政権の法律専門家はどう解釈し、アドバイスをしていたのでしょうか?

IEEPAの原文をチェックしてみました。ポイントは同法35条の「大統領の権限」という項でその文章の一部に「any unusual and extraordinary threat, which has its source in whole or substantial part outside the United States, to the national security, foreign policy, or economy of the United States」がある場合に大統領の権限として活用できるとなっています。法律文章なので長いので切り取りをしていますが、キーワードはunsusual and extraordinary threat(異常で想定外の脅威)であります。

トランプ氏がアメリカは異常で想定外の脅威下にある故に全世界に10%の基準関税を設定と主張するには無理があると裁判所は判断したわけです。しかもその条文のあとに「この権限は国家緊急の要に限定しており、他の目的に使ってはいけない」とあります。ということはトランプ氏は輸入関税を使い、アメリカの所得税減税をするのは転用になり、これも違反という声は出てもおかしくありません。更に条文では大統領は本件の適用に関し、議会と協議することとあります。これもトランプ政権はどうだったのかな、と思います。 感じとしては場の雰囲気でトランプ氏が好き勝手していたというのが私の印象です。

但し、裁判所の判断も広義の脅威なのか特定の自由を根拠とする狭義の脅威かは微妙なところです。たとえば日本のヤクザがアメリカ入国を禁止されたのはこの法律が根拠法だったと記憶しています。それは非常に特定の脅威だったわけです。今回は全世界を脅威とするのは逆に言うとアメリカはそこまで弱体化し、誰にも勝てないから10%のハンディキャップをくれ、というふうに私には聞こえます。

さて、では今後どうなるか、です。驚くことに連邦控訴裁判所が一審の判断を一日にして「保留」としました。連邦最高裁からのプレッシャーがあったものです。要は審理をしたわけではなく、政権の影響力を考慮したものでしょう。個人的には裁判の在り方を考える上では好ましいとは思いません。

いずれにせよ連邦控訴裁判所の控訴審が直ちに審理を開始するでしょう。結果は案外早く、Ⅰ-2カ月で出るかもしれませんが、どのみち最高裁にまで行くはずで今年のものになるかどうかは不明です。

今回の貿易裁判所の判断では10日以内に中国向け30%上乗せ関税、カナダとメキシコへの25%関税、その他の国への10%関税は撤廃されるところでした。自動車やアルミ、鉄鋼の関税は通商法や通商拡大法を根拠にしているので影響は受けません。問題は最高裁で黒星となった場合、トランプ政権がどう対処するかです。多分、今からオプションを考え抜き、何らかの代替的理論武装でそれを維持するのでしょう。

4月に関税を発表したトランプ大統領

政権高官の声は割れており、代替方法の示唆(ナバロ上級顧問)や裁判所の判断が間違っているから何もしない(ハセットNEC委員長)といった意見となっており、政権内での意見調整が進むと思います。ただ、各国との関税交渉が最高潮になっている時だけに水をかけられたことは確かでしょう。なぜならトランプ氏の主張根拠そのものが足元で揺らいだのですから。

ポイントは大統領はどこまで権限を持っているのか、であります。日本のように政党政治ですと与党のトップが首相となるも首相の権限は限定されています。特に連立を組めば連立相手との調整もあるし、自身が所属する党内力学もあります。イタリアやイスラエルのような多数の政党による連立となるとガラス細工のような繊細さを求められ、国政の自由度は限定されます。一方、大統領制でもドイツのように大統領の権限を極力制限している国ならば実質的には政党政治ということになります。大統領選真っただ中の韓国はアメリカ型の大統領権限であり、故にアメリカ同様、政権交代が頻発するとも言えます。大統領になると権力の座に座るわけで「剣」を使ってみたくなるということです。

関税問題は政権がうまく立ち回り、パッチワークを進めると思います。よって見た目はさほど変わらないかもしれませんが、展開次第では中間選挙に大きな影響が出てくるかもしれません。それよりも下院を通過し、上院に回されている減税法案をどう扱うかであります。上院としてはトランプ関税が恒久的なものであり、かつ法的解釈に問題がないことを確認したいと主張するかもしれません。さもなければ財源が問題になり、「捕らぬ狸の皮算用」になってしまうからです。そこまで行くとトランプ氏の選挙公約の問題になってくるわけでやはり軋むアメリカは避けられないとみています。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2025年5月30日の記事より転載させていただきました。

会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。