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「結果がすべて」「プロセスは評価しない」「上司の指示は絶対」――。
株式会社識学が提唱するマネジメント理論は、その有効性が認められ急成長を遂げる一方で、そのドライな思想に「硬直的だ」「部下のモチベーションを下げるのでは?」といった声も聞かれる。
実際のところ、識学の理論はあらゆる場面で通用するのか。本当に組織を良い方向へ導くことができるのか。
今回は、フリーランスのSEOコンサルタントとして多くの企業のWebマーケティングを支援し、自ら「マネジメントが下手だった役員」と自覚している私、玉村嘉隆が、株式会社識学の上席コンサルタント・羽石晋さんにインタビューしました。
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羽石 晋 株式会社識学 上席コンサルタント
埼玉大学教育学部を卒業後、人材サービス企業のランスタッド株式会社に入社。支店長職を経て、関西中部エリア、中四国エリアのエリアマネージャー、再就職支援部部長を歴任し、識学に入社。
玉村 嘉隆(聞き手) フリーランスSEOコンサルタント
Webマーケティング支援会社にてCTOを担当。現在独立してフリーランスのWebマーケティングコンサルタントとして活動中。
自己紹介とインタビューの目的
玉村:こんにちは。フリーのSEOコンサルタントとして活動している玉村です。 今日は、株式会社識学の上席コンサルタントでいらっしゃる羽石さんとお話をさせていただきます。
私自身、これまで管理職を長く経験する中で識学の理論に出会い、「こうすればもっとうまくいったのではないか」と思うことが多々ありました。 しかし、本やウェブサイトで学ぶ中で、様々な疑問も湧いてきました。 「これって識学じゃ解決できないのでは?」「むしろ導入すると困ったことになるのでは?」と感じる点です。
特に私は、Googleのアルゴリズム変動のように、個人の努力ではどうにもならない外部要因に左右される世界で仕事をしています。 成果で判断するという識学のメソッドが、こうした環境でも通用するのか。 本日はそうした疑問を率直にぶつけさせていただきたいと思っています。 まずは羽石さん、自己紹介をお願いできますでしょうか。
羽石氏(以下、敬称略):はい、ありがとうございます。 株式会社識学の上席コンサルタント、羽石と申します。 よろしくお願いいたします。
識学とは何かと申しますと、人間が物事をどう認識し、行動に至るまでの思考プロセスを研究したものです。 私たちは、人が間違った行動を取るのは、環境を正しく認識できていない、つまり「誤解」や「錯覚」に陥っているからだと考えています。 組織や個人が成果を出せない時、そこにどんな誤解や錯覚が起きているのかを探り、解決策を提供していくのが我々のアプローチです。
「上司ガチャ」に負けたら?:情緒を飛び越えた相談の禁止
玉村:まず最初の質問です。 識学では、直属の上司を飛び越えて、さらにその上の役職者に相談することは「禁止」されていますよね。 しかし、もし直属の上司が事なかれ主義で、部下がデータに基づいて画期的な提案をしても「前例がない」と却下し続けるような人だったら、どうすればいいのでしょうか。 部下は諦めるしかないのですか?
羽石:諦めてしまうのは、もったいないですよね。 そもそもなぜひとつ飛ばしの相談がダメかというと、組織の根幹である「役割」と「責任」の所在が曖昧になり、あいだの管理職が育たなくなってしまうからです。
ただ、ご指摘のケースで重要なのは、「なぜその上司が事なかれ主義に陥っているのか」という根本原因を分析することです。 もしかしたら、その上司の役割や責任が不明確で、波風を立てなくても評価される環境にあるのかもしれません。
玉村:なるほど。では、例えば社内に「提案制度」のような仕組みを作り、誰からでもアイデアを吸い上げるというのは、識学の考え方としてはいかがでしょうか?
羽石:それ自体は問題ありませんが、前提として「役割と責任」が明確になっていることが重要です。 提案する側も無責任ではなく、エビデンス(証拠)に基づき、「こういうルールで運用すれば、こういう成果が見込めます」というレベルで提案する。 そして、それをジャッジする責任者がきちんと判断する。 もちろん、全ての提案が通るわけではないという共通認識も必要です。 こうした前提が整っていれば、むしろどんどん提案を上げるべきですし、実際に識学の社内でもそうした仕組みはありますよ。
「松阪牛と偽って売れ」:明らかに誤った命令への対応
玉村:次に、明らかに誤った命令、特にコンプライアンスに反する指示への対応についてです。 例えば、上司から「利益が出るから、この無名産地の肉を『松阪牛』と偽って売れ」と指示された場合、部下はどうすればいいのでしょうか。
羽石:まず大前提として、私たちは社会や法律といったコミュニティのレギュレーション(規則)の中で生きています。 このレギュレーションを破れば、そのコミュニティにはいられなくなる。 この環境認識が何よりも重要です。
ご質問の「松阪牛」のケースは、明らかに法律や社会のルールを逸脱しています。 これに従えば、会社だけでなく自分自身の身も危うくなる。 ですから、その指示に従う必要は全くなく、むしろ自分の身を守るために回避すべき行動を取らなければなりません。
玉村:では、レギュレーションの範囲内ではあるものの、部下から見て「これはうまくいかないだろう」と思われる指示の場合はどうでしょう。
羽石:その場合は、一度はその指示に従う必要があります。 それが組織のルールだからです。 ただし、それで成果が出なければ困るのは自分自身ですから、「うまくいきませんでした」という事実情報を、上司が正しい判断をするまで上げ続けることが重要です。 そもそもビジネスに絶対的な正解はなく、いかに早く失敗して経験を積むかが重要です。 上司の間違いに付き合う覚悟も時には必要で、その失敗の責任は、最終的に指示をした上司が取る。 この前提が組織として共有されていることが不可欠です。
Google神の一存で決まるSEO業界:外部要因が大きい場合の評価方法
玉村:私の専門であるSEOの業界では、Googleのアルゴリズムという外部要因が非常に大きく、努力とは無関係に結果が上下します。 SEO業界の権威である渡辺隆広氏も「数字には絶対コミットしない」と公言しているほどです。 このように外部要因の影響が極めて大きい場合、結果だけで評価する識学のメソッドは通用するのでしょうか?
羽石:渡辺先生がおっしゃることは、その通りだと思います。 ここでのポイントは「何をもって、その人の成果とするか」を明確に定義することです。
最終的な売上のような結果(Result)だけではなく、その結果につながるための、個人がコントロール可能な行動(KPI:重要業績評価指標)を設定し、その達成度を評価の軸にします。 リーダーが部下に「何をしてほしいのか」を具体的に示し、その実行度合いを評価するのです。
例えば、会社の業績が悪化したとしても、それは従業員の責任ではなく、彼らに設定したKPIや戦略が間違っていたという経営陣の責任です。 従業員が決められたKPIを達成しているなら、彼らはきちんと評価され、報酬も上がるべき。 この「腹決め」がリーダーには求められます。
上司が素人だったら?:業務理解不足による不適切な目標設定
玉村:次に、上司の業務理解が不足している場合の目標設定についてお伺いします。 識学では上長と部下が目標について合意し、それが評価基準になると聞いていますが、上長が部下の業務を理解していない場合、不適切な目標を設定してしまうリスクはないのでしょうか。
例えば、富士通が日本でいち早く大規模な成果報酬制度を導入した際、多くの社員が達成しやすいように低い目標を設定するようになり、結果として会社全体の業績悪化の一因になった、という話があります。 識学のメソッドを導入することで、このような事態が起きることはないのでしょうか。
羽石:ありがとうございます。 まず、ご質問の前提に一つだけ重要な違いがあります。 識学では、目標は上司と部下が「合意」して決めるものでは、基本的にはありません。 部下から情報収集はしますが、最終的に何をやるか「コミット(決定)」するのは上司です。 会社の目標はトップから順に下ろされてくるものであり、下の者が「これをやります」と決める構造にはなっていないからです。 これにより、ご指摘のあった「社員が自分に有利な低い目標を設定する」という事態を構造的に防いでいます。
その上で、上司の業務リテラシーが足りないという問題は当然起こり得ます。 リテラシーが不足しているために、現実的ではないKPIを設定してしまうことはあるでしょう。 その場合どうするかというと、私たちは「軌道修正するスピードを上げる」ということを重視します。 評価項目は四半期に一度は見直すべきですし、必要であれば期中にでも変える。
上司にリテラシーがないから結果が出せない、と部下が言っていても状況は好転しません。 部下は「このやり方では難しい」という事実情報をしっかり上に上げ、上司にもトライアンドエラーを経験させて、結果設定の能力を上げてもらう必要があります。 そのためにも、上司は部下が情報を上げやすいように、感情的にならず、否定しないコミュニケーションを徹底することが求められます。
玉村:なるほど。では、私の古巣でもあるのですが、事務職のように、日々の業務を間違いなくこなすことが主で、なかなかKPIを設定しづらい仕事については、どのように目標を設定すればよいのでしょうか。
羽石:事務職のような仕事の場合は、2つのアプローチがあります。 一つは「どういう状態であれば完璧か(OKか)」という完成形を具体的に定義し、その状態を維持できているかを評価します。 例えば「給与支払いに遅滞やミスがない」「書類が定められた場所に保管されている」といったことです。 もう一つは、業務をタスク単位に分解し、その処理量で評価する方法です。
玉村:給与計算など「できて当たり前」で、ミスなく続けることが評価される仕事だと、ずっと評価は変わらないのでしょうか。
羽石:いいえ、そこでも評価は変わるべきです。 その「当たり前」を継続してくれること自体に価値があるのなら、それに応じて評価も上げていくべきです。 あるいは、会社として求めるレベルが実は少しずつ上がっているのに、それを伝えていないだけかもしれません。 リーダー側が「この人に何を求めているのか」を常に考え、評価に反映させていかないと、お互いの間に「誤解」が生まれてしまいます。
在庫を減らせ vs 欠品させるな:部門間の利益相反はどう解決する?
玉村:社内で部門間の目標が相反してしまうケースもあります。 例えば、
・倉庫責任者の鈴木さんの目標が「期末在庫を30%削減する」
・営業リーダーの佐藤さんの目標が「売上●●●万円を達成する」
だった場合、鈴木さんが在庫を減らせば、商品の欠品が生じることによって佐藤さんの目標達成は難しくなってしまいます。 こうした対立はどう解決するのでしょうか?
羽石:ご提示のケースは、そもそも目標設定自体に問題がありますね。 こうした場合、個々の目標に「他部門への貢献」という視点を加えるべきです。 例えば、鈴木さんの目標を「営業部門で納品遅延をゼロに保った上で、在庫を30%削減する」という設定にすれば、利益相反は起きにくくなります。
一方で、私たちはあえて利益相反を起こさせることもあります。 例えば、インサイドセールスには「とにかくアポイントを量産しろ」、営業には「獲得したアポイントから契約を取れ」と指示する。 すると「質の低いアポばかりだ」「いや、量が足りない」と必ずぶつかります。 しかし、その摩擦から上がってくる情報こそが、次の有効な施策につながるのです。 意図のある利益相反は、組織を強くする上で有効な手段となり得ます。
棚ぼた達成は評価する?:個人の悩ましい評価ケース
玉村:先ほどの話にも関連しますが、マーケティング担当の山田さんが非常に質の高いセミナーを実施し、目標を大幅に超える見込み客を獲得したとします。 その結果、営業担当の田中さんは、渡された質の高い見込み客に普通にアプローチしただけで、苦労せず目標契約数を達成できました。 この場合、田中さんは100%目標を達成したと評価されるのでしょうか。 彼の努力というより、山田さんのおかげという側面が強いですが。
羽石:はい、約束通り100%達成として評価されるべきです。 これも外部要因の話と同じで、一度設定したゴールポストを後から動かしてはいけません。 それをやってしまうと、信頼関係が崩れ、あらゆる「誤解」や「錯覚」の原因になります。
その上で、リーダーがすべきことは、次回の目標設定の見直しです。 田中さんの目標値を引き上げたり、単純な契約数だけでなく「契約率(コンバージョン)」を新たな評価項目に加えたりと、設定を工夫していくのです。
識学は「硬直的で冷たい」は誤解?:批判への見解とマネジメントの本質
玉村:識学に対しては「硬直的だ」「部下のモチベーションを下げる」といった批判や誤解をよく耳にします。 この点について、羽石さんの見解をお聞かせください。
羽石:まず「モチベーション」についてですが、私たちは、モチベーションは上司が部下に対して上げるものではない、と考えています。 モチベーションとは、本人が目標達成という成功体験を通じて、自らの内から湧き上がってくるものです。 上司の役割は、登るべき山(目標)を明確に設定し、登るための環境を整えてあげること。 途中で「頑張れ」と励ますことではありません。
次に「硬直的だ」という点ですが、むしろ逆です。 多くの会社が硬直化するのは、社長の機嫌や上司の気分といった、正体のわからないもので物事が決まるからです。 それでは誰も意見を言えません。 私たちは、すべてを「ルール」として明文化します。 ルールにすれば、社長も新入社員も同じ土俵で、「このルールはもっとこうすべきだ」と意見が言えるようになります。 ルールは変えるためにあり、その変更プロセスを設定することで、組織はむしろ柔軟になり、硬直化を防ぐことができるのです。
まずは何から始める?:家庭でも使える識学導入の第一歩
玉村:最後に、このインタビューを読んで識学に興味を持った方が、すぐに実践できることがあれば教えてください。
羽石:最も簡単で、最も効果的な第一歩は、部下や相手に「こうしてほしい」と望むことを、会話ではなく「文章」にして共有することです。 例えば部下に対してイライラすることがあるなら、「なぜイライラするのか」「具体的に何をしてほしいのか」を一度書き出してみる。 そして、「朝8時のミーティングには絶対に遅れないこと。もし遅れる場合は〇〇すること」というように、明確なルールとして示す。
これをやるだけで、上司自身も自分が何を求めているのかが明確になり、部下との間の「誤解」が劇的に減ります。 これは家庭でも全く同じように応用できますよ。 「夫が何もしてくれない」と不満を持つ前に、「何をしてほしいのか」を具体的に話し合って決める。 これがすべての基本です。
玉村:なるほど、当たり前のようで、ほとんどの組織や家庭でできていないことかもしれません。 本日は、お金を払ってでもお聞きしたいような、非常に有益なお話をありがとうございました。
羽石:こちらこそ、ありがとうございました。