小泉農水大臣はなぜ「木徳神糧」を槍玉に挙げたのか

関谷 信之

コメ騒動が収まらない。

報道のコメント欄にみられるのが卸業者不要論である。主な主張は「儲けすぎている」、「価格操作のため出し惜しみしている」といったものだ。60年代後半に一世を風靡した「問屋無用論(流通革命論)」を彷彿させる。

6月5日の衆院農林水産委員会で小泉農水大臣は以下のように述べた。

「米の卸売の大手の営業利益を見ますと、ある会社では、なんと対前年比『500%』ぐらい」

本当に、儲けすぎているのだろうか? 出し惜しみしているのだろうか?

“ある会社”と喧伝されたコメ卸大手「木徳神糧株式会社」の決算書を検証してみよう。

農林水産省Webサイトより

劇的に改善した営業利益率

小泉大臣のいう「営業利益」は正確にはセグメント利益だ。木徳神糧の第1四半期(1月~3月)の米穀事業セグメント利益を前年度と比較すると、

・24年第1四半期:3億9千5百万円
・25年第1四半期:19億3千万円

前年の4.87倍。およそ「500%」だ。利益増加に伴い、営業利益率も劇的に改善している。

・24年第1四半期:1.60%(利益395,918÷売上24,701,552 千円)
・25年第1四半期:6.16%(利益1,929,897÷売上31,313,874 千円)

卸売業全体の営業利益率は「1.1~1.6%」と言われる。「6.16%」は極めて高い。

木徳神糧は、ステークホルダー(関係者)向け声明文で「第1四半期の好業績は限定的な事象」と述べているものの、株主に対しては「年間業績は前年同期を上回る計画」と説明している。今後も好業績が続くと思われる。

よって、儲けているのは事実のようだ。では「出し惜しみ」はどうか。

在庫量に変動なし

木徳神糧は、声明文「ステークホルダーの皆さまへ 」で以下のように述べている。

「市場価格を釣り上げたり、買い占めや出し惜しみによって流通を阻害したりといった事実は一切ない」

「買い占め・出し惜しみ」については、棚卸資産額(コメなどの在庫額)を年度比較すれば検証できる。

・23年度末:68億5百万円
・24年度末:101億8千5百万円

およそ1.5倍に増加しているものの、農協からのコメの仕入れ額(相対取引価格)も1.6倍に高騰しているので、手持ち在庫「量」はほとんど変わっていない。よって、「買い占め・出し惜しみ」は行っていないと推測される。

つまり、「『買い占め・出し惜しみ』は行っていないが、『価格高騰分の利益』は享受している」ということになる。

もっとも、利益を享受しているとはいえ、コメ卸業者は一般の卸売業者と異なり、「白米」の製造工程の一部を担うという特性がある。農家が出荷するのは、最終消費者向けの完成品ではない。白米の「原材料」である。この「原材料」を検査・精米・包装を行い、完成品に仕上げているのがコメ卸業者である。これら付加価値を考慮すると、「儲けすぎ」とまでは言えないのではないだろうか。

木徳神糧が槍玉に挙げられた理由

では、なぜ小泉農水大臣は――「ある会社」としたものの―木徳神糧を取り上げたのか。シェア4%でしかない木徳神糧が、槍玉に挙げられたのはなぜか。

理由は、わかりやすかったからだ。

上場企業である木徳神糧は、有価証券報告書を提出しており、業績が「見える化」されている。よって、利益分析が非常にやりやすい。一方、他のコメ卸大手、全農パールライス・大和産業・神明ホールディングスなどは非上場企業であり、決算状況がわかりにくい。

わかりやすいから大臣が取り上げ、メディアで喧伝された。結果として「正直者が馬鹿を見る」ような事態になってしまったのが、今回の木徳神糧の騒動である。

市場がないコメ

このような事態に陥ったのは、コメの価格決定・売買プロセスが不透明だからでもある。この状況を打破すべく、23年10月に開設されたのが、コメの現物市場「みらい米市場」だった。

だが、取引は極めて低調だ。開設後1年で成立した取引は、わずか20件程度。要因は、売り手(農家)と買い手(コメ卸売業者)のニーズのミスマッチだという。出品で目立つのは「特別栽培米」などの高額なコメが多く、

「有機栽培など生産にまつわる物語を買い手は理解してくれない」(農家)

「生産者は高値でコメを売りたいだけで、需要に見合った出品に取り組んでいない」(コメ卸事業者)

コメ現物市場、高値に買い手なく 3カ月で成約10件|日本経済新聞

と、両者がまったく噛み合っていない。

小泉農水大臣は、現在の、農家と農協の委託販売的取引をやめ「買取」を進める方針を打ち出した。だが、コメの生産・流通を抜本的に見直すのであれば、現物市場はもちろん、実際に機能する先物市場も必要となる。

全体の改革もぜひ進めていただきたい。

農林水産省資料「米の現物市場 『みらい米市場』 と価格相場について」より

【参考】

木徳神糧決算資料 他