新しい政権が発足すると、新政権に対する最初の節目は「100日目」だ。例えば、バイデン前民政権から政権を奪取したトランプ大統領は就任「100日」目の4月29日、ミシガン州で演説し、政権発足「100日間」の経済成果を報告した。
メルツ首相と会談するゼレンスキー大統領 2025年5月28日 ウクライナ大統領府公式サイトから
ここではトランプ大統領の100日間の歩みを振り返るつもりはない。今年5月6日、社会民主党(SPD)と連立政権を誕生させたドイツのメルツ新政権の歩みについて報告したいのだ。ただし、メルツ新政権はスタートしてから離陸体制に入ろうとしている矢先だが、独メディアからは「メルツ政権危機説」が飛び交っているのだ。
メルツ政権の前政権、ショルツ政権はSPD、緑の党、そして自由民主党(FDP)のドイツ政界初の3党連立政権だった。政治信条も異なる3党の政権は発足当初から様々な衝突、対立を繰り返してきた。最終的には、FDPがショルツ政権から離脱することで3党連立政権は任期4年間を全うできずに崩壊した。一方、メルツ政権は政権発足後、今月15日でやっと70日目だ。新政権への評価を下すのにはまだ早すぎるが、「新政権危機説」が囁かれているのだ。
メルツ新政権が安定政権からは程遠い状況下にあることは間違いないだろう。このコラム欄でも「メルツ氏を今後も悩ます18人の反対票」(2025年5月07日)で報告済みだが、メルツ氏は連邦議会での首相選出で第1回目の投票に落選し、2回目でようやく念願の首相に就任するという異例のスタートを切っている。1回目の落選の主因は政権パートナーSPDの18議員が連立協定(144頁)の合意にもかかわらず、メルツ首相に票を投じなかったからだ。
SPD内には与党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)の移民政策、国防政策、そして社会関連政策に反発する左派グループが強い。SPDの共同党首、クリングバイル財務相兼副首相は6月末の党大会での信任投票で党史上2番目に悪い約65%の支持しか獲得できなかった。連立支持派のクリングバイル党首への批判がSPD内で強いことが分かる。
メルツ政権の連立の土台を震撼させる出来事が起きた。夏季休日に入る直前、連邦議会で11日、憲法裁判所の3人の判事選挙が実施される予定だったが、SPDが指名した弁護士、フラウケ・ブロジウス=ゲルスドルフ氏に対して、CDU/CSU側から「同弁護士は中絶問題でリベラル過ぎる」という声が持ち上がり、判事選挙が土壇場で中止されるというハプニングが起きたのだ。
もちろん、SPD内から「連立内で決定していたことに反対することは許されない」というメルツ首相の与党への批判が上がった。ドイツ民間放送ニュース専門局NTVは「与党は憲法裁判所判事選挙で敗北し、自らの恥をさらした」と報じている。
メルツ首相は「SPDが指名したブロジウス=ゲルスドルフ氏に対するCDU会派内での抵抗が強すぎたため、新判事選挙が中止されたことは残念だが、連立を動揺させるほどのことではない。少なくとも何らかの不満があったことを事前に早く認識できたら良かったかもしれない」と述べている。
ドイツ事情通は「CDUとSPDの議会内での意思疎通がうまくいかなかったのが主因だ。その結果、連立政権内の分裂を外部に露呈することになった」と説明していた。
ちなみに、フランク=ヴァルター・シュタインマイヤー連邦大統領は「憲法裁判所判事選挙の延期により、与党連立政権は自ら損害を被った」と指摘し、憲法裁判所判事に関する決定を迅速に決定するように求めた。
最終的には、憲法裁判所の新しい判事選挙は夏季休暇明けの9月に再度、行うことになった。ブロジウス・ゲルスドルフ氏は再度立候補する意向だから、CDUとSPD内の話し合い急務となる。両党が妥協できない場合、SPD内の左派グループがCDUとの連立政権に疑問を投げかけてくることは必至だ。クリングバイル党首が党内の左派グループを説得できるか否かは不明だ。
メルツ首相は13日、ドイツ公共放送ARDとの慣例の「サマー・インタビュー」で、政権の危機という情報を否定し、SPDとの連立政権は「仕事内閣だ」と強調し、意見の相違は織り込み済みと述べて、政権運営に自信を見せた。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年7月日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。