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デジタル時代において、民主主義は新たな挑戦に直面している。2025年7月、日本の政治関係者の間で交わされた議論は、SNSを使った世論操作と外国勢力の介入という、現代社会が抱える深刻な問題を浮き彫りにした。
アメリカの教訓が示す警鐘
2020年のアメリカ大統領選挙で明らかになった事実は衝撃的だった。中国がTikTokの会員アカウントを盗用し、偽造した運転免許証や身分証明書を大量に作成。これらを使って不正投票を試みたという疑惑が浮上した。この手法は、デジタル時代における選挙介入の新たな形態を示している。
日本でも同様の懸念が現実のものとなりつつある。運転免許証、健康保険証、各種免許証などの個人情報が、既に外国勢力によってリスト化されている可能性が指摘されている。総務省の調査によれば、2024年時点で日本のSNS利用率は82.5%に達し、そのうち約65%が政治情報の収集にSNSを活用している。この高い浸透率は、情報工作の影響範囲の広さを物語っている。
興味深いのは、SNSを使った世論工作が決して外国勢力の専売特許ではないという点だ。日本の政党も、電通などの広告代理店を通じて、あるいは独自の「ネット対策チーム」を使って、SNS上での情報操作を行ってきたとされる。立憲民主党を標的にした情報工作の存在も示唆されている。
しかし、皮肉なことに、国民のメディアリテラシーの向上により、こうした工作の効果は急速に失われつつある。2025年の調査では、複数の情報源から情報を確認する人の割合が73%に上昇。YouTubeやX(旧Twitter)を通じて多様な情報源にアクセスできるようになった国民は、もはや一方的な情報操作に踊らされることはない。
中国の異例な介入
2025年の参院選を前に、中国が「石破政権の継続が日中関係にとって望ましい」という異例の声明を発表したことは、国際的な選挙介入の新たな段階を示している。これは単なる外交的発言を超えて、日本の内政に対する露骨な介入と見ることができる。
官房長官が記者会見で認めたとされる「日米同盟分断を狙った書き込みの増加」は、情報戦が既に始まっていることを示している。サイバーセキュリティ専門家の分析によれば、選挙期間中のSNS上での疑わしいアカウントからの投稿は、通常時の約3.5倍に増加するという。
「外国勢力が日本を混乱させようとしている」という主張は、一見すると陰謀論のように聞こえるかもしれない。しかし、世界各国で実際に起きている事例を見れば、これは決して杞憂ではない。ロシアによる2016年アメリカ大統領選挙への介入、中国による台湾への情報工作など、SNSを使った選挙介入は既に国際政治の常套手段となっている。
問題は、こうした脅威への対処法だ。情報統制や検閲は民主主義の理念に反する。かといって、無防備でいることは国家の主権を脅かす。この難しいバランスをどう取るかが、現代社会の最大の課題といえるだろう。
技術的な解決策も模索されている。ブロックチェーン技術を活用した改ざん不可能な投票システム、AIを使ったディープフェイクやフェイクニュースの自動検出システム、デジタルIDによる厳格な本人確認など、様々な対策が検討段階にある。
覚醒する民主主義
SNS時代の政治工作は、確かに民主主義への脅威だ。しかし同時に、それは民主主義を進化させる機会でもある。外国勢力の介入や政党の情報工作に晒されながらも、日本国民は着実に情報を見極める力を身につけている。
2025年参院選は、単なる政党間の争いではない。それは、デジタル時代における民主主義の真価が問われる試金石となる。情報戦の渦中にあっても、最終的に判断を下すのは主権者たる国民だ。その判断力こそが、日本の民主主義の未来を決定づけることになるだろう。
劇場型政治から政策論争へ、情報操作から情報公開へ、そして受動的市民から能動的市民へ。日本の民主主義は今、新たな段階へと進化しつつある。この進化の過程で生じる混乱や対立は、より成熟した民主主義への産みの苦しみと捉えるべきかもしれない。
情報の海を泳ぎ切る力を身につけた国民こそが、21世紀の民主主義の守護者となる。その意味で、現在進行中の情報戦は、日本の民主主義をより強靭なものへと鍛え上げる試練なのかもしれない。
尾藤 克之(コラムニスト・著述家)
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