大塚製薬の小学生ポカリスウェット配布はハイリスクな健康マーケティング⁉︎

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熱中症対策としてスポーツドリンク・イオン飲料は必須ではなく、むしろ糖分や塩分の過剰摂取、糖分依存による肥満や偏食、むし歯の増加に注意しなければならない。

こうしたことが当たり前として周知され、運動時も普通の冷水を飲ませる、塩分タブレットを活用するなど対策をとる保護者が増えている。

その世の中の流れと逆行して、大塚製薬は香川県や愛知県など複数の自治体などと提携し、小学児童らに対し熱中症対策としてスポーツドリンクの無償配布を行った。

こうした「健康マーケティング」にSNSでは医師・歯科医師から多くの批判の声があがった。

以前よりWHOは糖分入り飲料により引き起こされる様々な健康リスクを指摘し、国際歯科連盟は「幼稚園や学校では、砂糖入り飲料や不健康なスナック菓子を禁止し、健康的な食事の選択肢を増やすべき」というスタンスをとっている。

あたかもスポーツドリンクにメリットがあるように企業が宣伝するのは仕方ないとしても、公教育の場で児童の健康を損ないかねないマーケティングを行うことは、未来ある子供たちの健康を守るために差し控えるべきではないか。

「そんな大げさな」という声も聞こえてきそうだが、スポーツドリンクに含まれる過剰な糖分は、毎日のように摂取すると急性の糖尿病様の症状につながる。いくら飲んでも喉の渇きがとまらず、さらにスポーツドリンクを飲み続けることで意識障害にもつながりうる「ペットボトル症候群」を、医師らは危惧しているのだ。

またスポーツや勉強を本格的に始める小学高学年から、スポーツドリンクやエナジードリンクの多用のせいで突然むし歯が多発するという事例には、多くの歯科医師が遭遇している。

今回のスポーツドリンク配布はこういった飲み方によっては健康を害するリスクがあるという点について、少なくとも保護者に伝わる形で注意喚起はさてれいない

どんなに体にいいもの、例えば生きるために必要な塩分でも、摂りすぎれば健康を害する。ましてや熱中症予防のみならず健康だけを考えると、スポーツドリンクやイオン飲料が他の飲み物より優先されるべき場面はまったくない。単にとてもおいしい、魅力的な嗜好品に過ぎない。

こうした事実を曖昧にしてことさら「カラダに良いもの」というイメージを先行させ、糖分塩分の過剰摂取で体調不良やむし歯の原因となるリスクは見て見ぬふり。

結果的にかえって健康を損なわせうる「健康マーケティング」を、うかつな大人が信じ込むのはある程度自己責任なのかもしれない。しかしその対象を子供たちや、子供たちの健康を願う親に向けるのならば、医療関係者として苦言を呈さざるをえない。

医学的に正しい熱中症や脱水対策とは

まず小中学校における熱中症対策として基本的な知識を確認したい。

熱中症を防止するための飲み物は、体の内側から体温を下げるために十分に冷えた水が最適だとされている。

塩分補給は工場や工事現場など暑熱環境での長時間労働には必要だが、学校の授業など1時間程度の運動には必要ない。心配ならば朝ごはんや給食をしっかり食べることでの塩分確保を意識すべきだ。

小学校などの現場からも熱中症の背景には朝食抜きや、寝不足などが潜んでいることが多いと声があがっている。

また人間には暑熱順化という機能が備わっており、1~2週間ほど暑さに慣れると塩分喪失を防ぎながら発汗量が増加していき、熱中症や脱水に強い体になることができる。毎日クーラーの効いた部屋にいる現代っ子が、急に炎天下で運動するときは注意が必要だ。

そして熱中症と脱水症は混同されがちではあるが、脱水症になったとき与えるのは経口補水液だ。経口補水液は健康な人にとっては味がまずくて飲めないし、そもそも脱水状態でもないのに予防目的に常飲するのは塩分過多になる。

こうしてみていくと、実はスポーツドリンクやイオン飲料でなければ熱中症対策ができないというシーンは存在しないのだ。

一方でスポーツドリンクやイオン飲料は人工的な糖分を多く含む飲料水であり、当たり前であるが毎日のように常飲すれば肥満・糖尿病およびむし歯の原因になる。

乳幼児とその保護者を対象とした研究では、週に数度以上あるいは毎日イオン飲料を与えるというリスク行動をしている保護者はそうでないグループと比較し、統計的有意にイオン飲料について「健康に良い」「多量に飲んでも安全である」と肯定的なイメージを持っており、「むし歯を増やす」という実在するリスクを軽視していた。

つまり保護者や学校に対し飲料メーカーが「カラダに良いもの」と宣伝することによって、結果的に「カラダに悪い」習慣につながりうる優良誤認を児童らに印象付けていたことがわかる。

これが「健康マーケティング」の問題点だ。

おいしいイオン飲料を楽しむための、ちょっとした配慮

もちろん運動や勉強で疲れを和らげ集中するために甘い飲み物が欲しくなる場面はあるだろうし、子供たちが集まってお菓子パーティーをするのも人間関係の構築で大切だ。

筆者も歯科医師ではあるが、趣味の楽器を練習しながらスポーツドリンクを飲むし、夜中にむしゃくしゃしてポテトチップスをコカコーラで流し込む日もある。

重要なのは、スポーツドリンクやイオン飲料を1日1本かならず摂取するなどといった、習慣化をしないことだ。

習慣的なスポーツドリンクの摂取は糖分塩分過多になって急性の糖尿病症状やむし歯などの疾患につながるだけでなく、食育の観点でも悪影響となる。

そもそもお腹が減っているからこそ子供にとって初めて見るもの、苦手なものでも食べてみようかという気持ちになるのである。スポーツドリンクやイオン飲料をのんで血糖値上昇、満腹中枢が刺激された状態で食卓に向かうのでは、好きなもの以外手を付けず偏食がすすむ。

結果的にゴハンやオカズから得られるはずの栄養素や電解質が不足する食習慣となってしまうと、生涯にわたって栄養バランスに苦しみ肥満や糖尿病の原因になるだけでなく、食事を通じた人間関係構築にも悪影響することとなる。

また最近スポーツドリンクの代替として流行している塩分タブレットも1時間以上の激しい運動をする場合有効だが、食べすぎには注意で十分な冷水とともに摂取する必要がある。

歯科医師の立場としては塩分タブレットに含まれる糖分は厳密にいえばむし歯の原因になるので、健康を重視するのであればむし歯の原因にならないキシリトール製の商品があれば良いのだが、残念ながら主流ではないようだ。

以上をまとめると、今回の大塚製薬のスポーツドリンク配布は子供たちの健康づくりという観点でメリットよりもデメリットが大きい。

しかしこういった「健康に悪い健康マーケティング」が自治体で歓迎されてしまうのは、ひとえに私たち医師・歯科医師の啓発不足が原因ともいえる。

児童の健康に寄与したいという思いが同じであれば、急性の糖尿病様症状やむし歯などのリスクを踏まえた、より適切なスポーツドリングやイオン飲料との付き合い方をメーカーも一緒に周知してほしいし、歯科医師としてはキシリトール製の塩分タブレットもぜひ開発普及してもらいたい。

【参考文献】