2015年の夏、中東・北アフリカから100万人を超える難民が欧州に殺到してきた。欧州の盟主ドイツのメルケル首相(当時)は、有名なセリフ「WirschaffenDas」(私たちは問題に対応できる)を発し、人道的視点からドイツを目指す難民を歓迎する政策を実施した。それを受けてオーストリア経由で数万人の難民が独バイエルン州のミュンヘンに殺到した。
その数日後、バイエルン州の与党「キリスト教社会同盟」のゼ―ホーファー党首が、「押し寄せる難民をバイエルン州だけでは対応できない」と悲鳴を上げると、メルケル首相は他州に難民の公平な受け入れを呼びかけたが、状況は改善しない。そこでデメジエール独内相は、オーストリアからバイエルン州に殺到する難民・移民への国境検問を再開し、欧州連合(EU)域内での人の自由な移動を明記したシェンゲン条約の一時停止を表明した。隣国オーストリア側も対ハンガリー、スロべニアなどの国境の検問を再開した。
難民・移民で混乱するウィーン市西駅構内で、ドイツ行きの列車を待つ難民家族、2015年9月15日撮影
あれから10年が経過した。EUは依然、統一した難民政策を実施できずに苦慮している。ここにきてドイツやオーストリアはシリアやアフガニスタンからの不法な難民を強制送還する一方、欧州域内国境の監視を再開する一方、域外国境の監視を強化している。
それに先立ち、EUの欧州委員会は4月16日、難民申請手続きを迅速に処理するために「安全な出身国リスト」を作成した。同リストに掲載されている国としては、コソボ、バングラデシュ、コロンビア、エジプト、インド、モロッコ、チュニジアが入っている。上記のリストに掲載された国から難民申請があった場合、加盟国は迅速に審査して送還などの対応を実施できる。それに対し、欧州司法裁判所(ECJ)は今月1日、EU加盟国は自ら「安全な出身国リスト」を決定し、それに応じた決定を下すことができるが、その決定が検証可能である場合にのみ容認される、という条件付き判決を下したばかりだ。
難民対策は欧州にとって依然、大きな課題だ。不法難民・移民の急増を受け、外国人排斥、反難民・移民政策を掲げる極右派政党が欧州各国で台頭し、欧州の政界の右傾化を加速させている。
以下、10年前の欧州の難民状況を伝えるために、当時のコラム「長期戦に突入した難民・移民対策」(2015年9月17日)を再掲載する。参考にしてほしい。
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ドイツのトーマス・デメジエール内相は13日、オーストリアからバイエルン州に殺到する難民・移民への国境検問を再開し、欧州連合(EU)域内での人の自由な移動を明記したシェンゲン条約の一時停止を表明した。難民・移民の受け入れ体制が限界に達した結果だ。
ドイツ側が難民・移民たちをもはや無条件では受け入れないと伝わると、オーストリア当局は15日、ハンガリー経由から入ってくる難民・移民をコントロールするため対ハンガリー国境の検問を再開し、その為、最大2200人の兵士を動員する予定だ。
一方、ハンガリーは14日、難民・移民収容所に収容してきた難民・移民を一斉にバスや列車に乗せ、彼らが列車やバスでオーストリアへ移動するのを黙認する一方、対セルビア国境175kmに有刺鉄線と4mの高さのフェンスを設置し、不法入国した難民・移民に対して厳しく処罰する法案を施行した。
メルケル首相が8月末、シリア難民に対してダブリン条約を停止すると表明、それを受けて難民たちがドイツに殺到してきた。1日に約2万人の難民・移民が殺到したバイエルン州当局は「難民・移民の対応をこれ以上続けられない。限界だ」と指摘、他州へ難民受け入れを要求したが、他州も収容所が見つからないこともあって、バイエルン州の負担は緩和できない状況が続いてきた。
大量の難民・移民がドイツに行きを希望、オーストリアは単なる通過地点に過ぎなかった時、オーストリア政府はハンガリー経由で殺到した難民たちに人道的な対応を実施し、他の欧州諸国の模範と受け取られたが、ドイツがその国境を閉じたことで状況は急変化した。14日から15日にかけ24時間で約2万人の難民・移民がオーストリア入り、ドイツ行のチャンスを待っている。
オーストリア国民はハンガリー経由で入ってきた難民・移民に食糧や飲み物、衣類などを提供し支援してきたが、ドイツに行けない難民・移民が「わが国に留まるかもしれない」と懸念する国民が増えてきている。
オーストリア政府から難民問題調整官に任命されたコンラード氏は15日、記者会見で、「今年殺到するとみられる8万5000人の難民・移民の収容所は確保できる見通しだ。わが国のボートはまだ一杯ではない」と強調する一方、難民審査手続きの迅速化を要求している。
EUの内相法相理事会は14日、12万人の難民・移民の公平な分担案について7時間余り協議したが、具体的なことは決定できず、来週にも再度理事会を開く予定だ。メルケル首相は難民問題の緊急首脳会談の開催を要求している。
ハンガリーからオーストリア入りした約4000人の難民・移民はドイツ行きの列車に乗るためウィーン市西駅で待っていた。アラブ語、クルド語の通訳できるボランティアが駅周辺に配置され、難民・移民を支援している。多くの難民たちは疲れ切った表情で駅構内で横たわっている。ボランティアの一人は、「自分は数日間、クルド語の通訳でボランティアをしている。アフガニスタン人の難民はここにきて増えてきた。彼らの多くはよりよい生活を求めてきた経済難民だ」という。
列車のチケットを見せて、列車に乗せてくれと嘆願する難民もいた。チケット売り場の窓口前には警察官が警備し、難民らが窓口に殺到しないようにコントロールしていた。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年8月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。