これから「高学歴の価値」は暴落する

黒坂岳央です。

これまで日本のみならず、米国、欧州、中国といった主要国において、「高学歴」であることは非常に強力な武器であった。ひとたび良い学歴を獲得すれば、特に大企業においてはファーストトラックに乗ることができ、そうでない社員とは明確に異なるキャリアパスを歩むことができた。

だが今後、その「高学歴」の価値は大きく変容していくだろう。その最大のインパクト要因は、間違いなくAIである。一方で、代わって価値が高まるのが「リスキリング(学び直し)」だ。

Yusuke Ide/iStock

学歴は「過去のスナップショット」に過ぎない

学歴とは本質的に、18歳あるいは22歳時点における知的水準や努力量、戦略的思考力といった「過去の学力の証明」にすぎない。確かに、難関大学を突破したという事実は、一定の環境・能力・意欲の証左ではある。だが、本当に重要なのは「過去」ではなく「現在地」であるはずだ。

筆者自身、現在独立して営んでいる仕事や日々必要とされるスキルの9割以上は、学校ではなく社会に出てから独学で身につけたものである。大学を“就職予備校”のように位置づける見方もあるが、若い時期にわずか4年学んだだけの知識で、40年のキャリアを戦えるような牧歌的かつ変化の緩やかな時代は、すでに終わっている。今後は少子化で従来と比べて大学に入る難易度が相対的に下がる事情も手伝い、高学歴の信頼度は低下する。

そして今、AIの登場によって知識の陳腐化スピードはかつてないほど早まっている。たとえば、議事録作成や文字起こしといった分野は、すでに生成AIによって産業そのものが消滅しかけている。

事務職に関しても、データ入力・スケジュール調整・帳票作成などの業務の多くが自動化の対象となっており、むしろホワイトカラーほど「安泰」ではない。労働人口の減少が続く我が国ですら、事務職だけは猛烈な人余りとなりつつあり、今後も市場規模は縮小していく。

さらに恐ろしいのは、一社に長く勤め続けると、自分の所属する会社しか見えなくなり、こうした世の中の変化にすら気づけなくなるということだ。リスキリングを行わなければ、変化に対応できないどころか、変化の存在すら認識できない。だからこそ、今問われているのは、静的な「学歴」よりも、動的な「学び直し」なのである。

これからの「学歴」の価値

ここで誤解してはならないのは、「学歴の価値がゼロになった」という短絡的な誤解である。低下したがゼロにはならない。特に若年層においては、学歴は依然として強力なシグナリングとして機能している。

難関大学への合格には、目標達成のための計画性、持続的な努力、一定以上の知能水準が求められる。これはしばしば、恵まれた家庭環境や教育資源とも相関する。つまり、学歴とは「地頭」だけでなく「育ち」や「継続力」といった複合的な資質の表れであり、たとえビジネスの即戦力ではなくとも、高い“期待値”を与えるのは自然なことだ。

「高学歴でも使えない人はいる」という指摘もあるが、それは裏を返せば「低学歴ではさらにその傾向が強くなる」という統計的現実につながる。要は“絶対値”ではなく、“期待値”として捉えるべき話なのだ。

さらに言えば、学問を通じて「抽象的に考える力」や「構造化する力」を鍛えた人間は、リスキリングにおいても順応しやすい。従って、結論は「学歴は高いに越したことはない。だが、それに依存する時代ではなくなった」である。

一つの仕事だけで食える時代は終わった

現代日本において、「一社一職で定年まで」というモデルは、もはや例外である。AIの進化によって業務の境界線は溶け、ジョブ型雇用が拡大する中、「複数の収入源」を持つことがリスクヘッジとして必須になりつつある。

実際、筆者自身も2025年に新たなビジネスを立ち上げた。これまでの実績や経験がまったく通用しない未知の領域への挑戦であるが、そうしなければ変化のスピードに取り残されるという危機感があった。独立して以降、「今の仕事で10年後に生き残れる保証などない」という危機意識は常に持っている。

過去の学びに胡坐をかいていては、未来に居場所はない。求められるのは、現在進行形での学びと、アップデートされたスキルの継続的な蓄積である。

リスキリングに背を向ける日本人

にもかかわらず、日本人は世界的に見ても「学び直し」に対して極めて消極的である。リクルートワークス研究所の2023年報告によれば、コロナ禍後に職業訓練の参加率は一部回復したものの、自主的にリスキリングに取り組む労働者はわずか15%にとどまる。

総務省の2021年社会生活基本調査では、社会人が「学習・自己啓発・訓練」に充てる時間は1日あたりわずか7分。文化庁の2023年調査では、16歳以上の日本人の52.3%が「月に1冊も本を読まない」とされている。

さらに、経済産業省のデータによると、企業が社員の社外学習費を負担している割合は2.3%。OECD平均(17.8%)と比べても、極めて低水準である。加えて、68%の従業員が「リスキリングは雇用主が用意するべきもの」と考えているというデータもある。これは裏を返せば、個人の学習への主体性の欠如を示している。

生成AIの活用状況も同様だ。日本は国際的に見て利用率が低く、「有料プランに課金する余裕がない」といった声もあるが、無料プランであっても活用している人は多くない。そもそも、今の時代はコストをかけずとも学べる環境が豊富に整っている。新興国の若者が猛烈に学んでいる事実を踏まえれば、単なる金銭的問題では説明がつかない。結局、根底にあるのは「学び続けようとする意欲の欠如」なのである。

学歴は重要である。だが、それは「地盤」であって「武器」ではない。今後、生き残るのは、時代の変化に適応し、自らの知識とスキルを“常に上書きし続けられる者”である。

リスキリングこそが、自分の市場価値を維持し、変化をチャンスに変える唯一の手段である。

 

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著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。