独哲学者ニーチェの没後125年

2025年8月25日は、「神は死んだ」、「超人」などの言葉で良く知られているドイツ哲学者フリードリヒ・ニーチェ(1844~1900年)の没後125年目に当たる。ニーチェといえば、厭世家で反キリスト教的人生観の思想家といったイメージが付きまとう。同時に、「20世紀はニヒリズムが到来する」と予言した哲学者だ。

ニヒリズムの台頭を予言したニーチェ Wikipediaより

ローマ・カトリック教会の元教皇べネディクト16世は「若者たちの間にニヒリズムが広がっている。神やキリストが関与しない世界は空虚と暗黒で満ちている。残念ながら、現代の若者たちはこの‘死に到る病‘に侵されてきた」と述べている。ニヒリズム(独語Nihilismus)は「虚無主義」と日本語で訳される。既成の価値観を信頼できず、全てのことに価値を見出せなく、理想も人生の目的もない世界だ。

ところで、ニヒリズムの到来を予言したニーチェについて、ドイツのジャーナリスト、パウラ・コナースマン氏は25日、ドイツのカトリック通信で、ニーチェ没後125年目を契機にニーチェの哲学の今日的意義について記事を掲載している。同氏は「ニーチェといえば、陰険で、皮肉屋で、厭世家というイメージがあるが、こうした描写は、ニーチェの真価を測るものではない。ニーチェは近代における意味の喪失を分析し、その苦悩は、より大きな責任感を喚起し続けている。だから、ニーチェ哲学は現在、人間自身が新しい価値観を創造して進化する「力への意思」を説く『生の哲学』と呼ばれている」と説明する。

ニーチェは1844年、現在の独ザクセン=アンハルト州レッケンに生まれ、プロテスタント牧師であった父の早すぎる死後、敬虔な母親のもとで育った。「若い頃、彼はルートヴィヒ・フォイエルバッハの著書『キリスト教の本質』を読み、その中に書かれているキリスト教に対する根本的な批判の影響を受けている。ニーチェは当初プロテスタント神学を学んでいたが、すぐに中退し、古典文献学に専念した。彼は非常に優秀であったため、博士号を取得せずにバーゼル大学教授職に就いたが、35歳で病気のためこの職を辞した。1889年、精神を病んだ彼は、当時「精神病院」と呼ばれていた施設に収容された。その後、母親、そして後に妹に世話された」(コナースマン氏)。

ちなみに、欧州ではニヒリズムと共に、不可知論が拡大している。独ローマ・カトリック教会司教会議議長のロベルト・ツォリチィ大司教は2010年1月31日、「欧州社会では実用的な不可知論(Agnosticism)と宗教への無関心が次第に広がってきた」と警告を発し、「十字架は学校や公共場所から追放され、人間は一個の細胞とみなされ、金銭的な評価で価値が決定されている」と批判した。不可知論とは、神の存在、霊界、死後の世界など形而上学的な問題について、人間は認識不可能である、という神学的、哲学的立場だ。神の存在を否定しないが、肯定もしない。ニーチェがいう“受動的ニヒリズム”の世界とどこか似ている。

また、フランスの政治学者オリビエ・ロイ氏(OlivierRoy)は著書「ジハードとその死」の中で、「イスラム教のテロは若いニヒリストの運動であり、宗教的要因はあくまでも偶然に過ぎない」と主張し、「イスラム教過激テロの背後には、聖典コーランの過激な解釈の影響があると受け取られてきたが、イスラム教の過激な解釈は付け足しに過ぎない。問題はテロリストがニヒリストであり、ノー未来派の世代に属する若者たちだからだ」と強調している。

ウイーン大学の哲学部に入学すると、教授は「ニーチェは『神は死んだ』といったが、死んだのは神ではなく、ニーチェだった」と冗談をいって、学生たちを笑わせる。ところで、ニーチェは「神は死んだ」といったが、その前に「我々が神を殺した」と述べていたことを忘れがちだ。

「神は死んだ」ということは、神はその前には生きていたことを意味する。神は社会生活では共通の価値観、世界観だった。だから、その神が死ねば、当然、価値観、人生の意味を失う。価値観の最高の保証人である神を失った結果、人間は価値や意味のない世界に放り出されるわけだ。

「神は死んだ」と叫んだニーチェは近代社会から価値、意味を奪ったが、そこで留まっていない。新たな価値観を見出すべき「超人」の道を模索しだす。これはニーチェの「超人思想」と呼ばれる。

ニーチェの「超人」(Ubermensch)とは、既存の価値観や規範に囚われず、自らの力で新たな価値を創造し、常に自己を超克し続ける人間のことだ。安楽や平穏ではなく、自己の成長と創造を追求する強い意志を持つ存在という。

ニーチェ没後125年が経過するが、ニヒリズムに陥っている現代人にとって、その超克の道を先駆けて模索した実存主義者ニーチェは非常に今日的な哲学者だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年8月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。