オーストリアのカトリック通信(カトプレス)によると、ウクライナの宗教共同体を管轄する機関、「民族政治・良心の自由のための国家機関」は、モスクワ総主教系のウクライナ正教会(UOC)の禁止に向けて新たな措置を講じた。具体的には、UOCのキーウ大主教区は28日、モスクワ総主教区に違法に加盟している組織として正式に認定された。その理由は「UOCの長であるキーウのオヌフリイ首座主教は、ウクライナで禁止されているロシア正教会から分離したという証拠の提示を求められたが、それを拒否したため」という。
ゼレンスキー大統領はロシア軍のキーウ攻撃の犠牲者に哀悼の意を表した。2025年8月29日、ウクライナ大統領府公式サイトから
ウクライナ当局によれば、オヌフリイ首座主教が率いるキーウ大主教区は、1年前に可決された「宗教団体の活動分野における憲法秩序の保護に関する法律」に違反しているとして、同教会は国有地および市有地の賃借権を失う。教会が運営する教育機関も、建物から立ち退かされる可能性がある。そして大司教区の解散を求める法的根拠が得られたのを受け、法的手続きが開始されるが、結審まで数年かかる可能性がある。ただ、大統領府が望むならば手続きは迅速に進む可能性はあるという。
ウクライナのゼレンスキー大統領は昨年8月24日、国内のモスクワ寄りのウクライナ正教会(UOC)の禁止に関連する文書に署名した。同大統領は「これによってウクライナ正教会はモスクワへの依存から守られる。独立している国は精神的にも独立しているべきだ。キーウのメトロポリタンであるオヌフリイ首座主教が率いる教会は、ロシア正教会との関係を解消しておらず、ロシアの侵略戦争においてウクライナ内でモスクワの影響力を行使する手段となっている」と指摘している。それ先立ち、ウクライナ議会は圧倒的多数でモスクワ総主教庁と関連するUOCを禁止する法案を可決した。
ハリコフ国立法科大学の「法の支配と宗教研究センター」所長のドミトロ・ヴォフク氏はカトリック通信に対し、当局の行動を批判し、「ウクライナ政府はUOCが『組織的に違法行為に関与していた』ことを証明できていない。にもかかわらず、UOCは『モスクワの潜在的な第五列』として活動禁止されている」と批判した。
キーウの情報筋によると、裁判所はこれまでにUOCの聖職者31人を反逆罪、ロシアへのスパイ行為、敵対行為扇動の罪で有罪判決を下した。ゼレンスキー大統領は7月初旬、UOCのオヌフリジ首座主教のウクライナ国籍を剥奪した。剥奪の理由は、ウクライナ出身のオヌフリイ首座主教が2002年にロシア国籍を取得し、それをウクライナ当局に隠していたためだ。UOCは既に、キーウの有名なペチェールシク大修道院の一部を含むいくつかの礼拝所を接収されている。
オヌフリイ首座主教は既に8月中旬、「当局の疑惑はUOCとは一切関係がない」と表明している。同首座主教はこれまでもロシア軍からのウクライナ防衛への支持を繰り返し表明してきた。同首座主教は2022年2月24日、ウクライナ国内の信者に向けたメッセージを発表し、ロシアのウクライナ侵攻を「悲劇」とし、「ロシア民族はもともと、キーウのドニエプル川周辺に起源を持つ同じ民族だ。われわれが互いに戦争をしていることは最大の恥」と指摘、創世記に記述されている、人類最初の殺人、兄カインによる弟アベルの殺害を引き合いに出し、両国間の戦争は「兄弟戦争(フラトリサイド)だ」と述べ、大きな反響を呼んだことがある。
ウクライナには、モスクワ総主教の管理下にあるウクライナ正教会(UOC)と、明確に国民的なウクライナ正教会(OCU)の2つの正教会がある。ウクライナ正教会はソ連共産党政権時代からロシア正教会の管轄下にあったが、ペトロ・ポロシェンコ前大統領(在任2,014年~19年)の強い支持もあって、2018年12月、ウクライナ正教会がロシア正教会から離脱し、独立した。その後、ウクライナ正教会と独立正教会が統合して現在の「ウクライナ正教会」(UOC)が誕生した経緯がある。
一方、活動を禁止されたウクライナ正教会(UOC)は当時、モスクワ総主教のキリル1世を依然支持していたが、2022年5月27日、モスクワ総主教区から独立を表明した。その理由は「人を殺してはならないという教えを無視し、ウクライナ戦争を支援するモスクワ総主教のキリル1世の下にいることは出来ない」と説明している。その結果、ロシア正教会は332年間管轄してきたウクライナ正教会を完全に失い、世界の正教会での影響力は低下、モスクワ総主教にとって大きな痛手となった。
ロシアのプーチン大統領は2022年2月24日、ウクライナ侵攻への戦争宣言の中で、「ウクライナでのロシア系正教徒への宗教迫害を終わらせ、西側の世俗的価値観から守る」と述べ、聖戦の騎士のような高揚した使命感を漂わせた。そのプーチン氏は今月15日、米アラスカでトランプ大統領と首脳会談したが、その際も「ウクライナでのロシア正教の活動を認める」ことを和平交渉の条件に挙げている。
ちなみに、世界の正教会の大多数が戦争に反対しているなか、ロシア正教会最高指導者モスクワ総主教キリル1世はプーチン大統領のウクライナ戦争を「形而上学的な闘争」と位置づけ、ロシア側を「善」として退廃文化の欧米側を「悪」とし、「善の悪への戦い」と解説する。キリル総主教は2009年にモスクワ総主教に就任して以来、一貫してプーチン氏を支持してきた。キリル1世はウクライナとロシアが教会法に基づいて連携していると主張し、ウクライナの首都キーウは“エルサレム”だという。「ロシア正教会はそこから誕生したのだから、その歴史的、精神的繋がりを捨て去ることはできない」と主張し、ロシアの敵対者を「悪の勢力」と呼び、ロシア兵士に闘うように呼び掛けてきた。
なお、ウクライナ当局の決定に対し、UOC側は「教会は2022年5月にモスクワ総主教庁からの独立を宣言している」として、モスクワ寄りという非難を否定。UOCのスポークスマンは「新しい法律は憲法違反であり、ウクライナが欧州連合(EU)に加盟するために遵守しなければならないいくつかの国際協定にも反している」と批判している。
参考までに、前ローマ教皇フランシスコは2024年8月25日のアンジェラスの祈りで、ウクライナでのモスクワに関連する正教会の禁止に言及し、「祈りたいと思うすべての人を、その人が自分のものとする教会において自由に祈らせてください。お願いです、どのキリスト教会も直接的または間接的に禁止されるべきではありません」と述べている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年8月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。