冷戦時代、ソ連・東欧共産圏から多くの政治亡命者がオーストリに逃げてきた。オーストリア国民はマルクスの書籍を読んでいなくても共産党政権が如何に国民を蹂躙し、弾圧しているかを身近に目撃してきた。「労働者の天国」を標榜してきたソ連・東欧共産党政権は実は“赤い貴族”(共産党幹部)が労働者、国民を統制する政府であったことを見てきた。それゆえに、同国では政党として共産党は存在するが、戦後から今日まで連邦レベルで議席を獲得したことがない。
カール・マルクス(1875年の写真) Wikipediaより
21世紀で依然、国家が共産主義を掲げている国は中華人民共和国、キューバ、ラオス、ベトナム、そして朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)などごく限られている。その国々も、自国が共産主義国を実現したとは主張していない。「社会主義国から共産主義国へ移行中」という立場だ。例えば、共産主義は国家、民族の壁を越えたインターナショナルな政治思想と豪語してきたが、実際は中国の場合、中華思想が、北朝鮮では主体思想が大きな影響を有していることは周知のことだ。
ただ、欧州でもここにきて「マルクス」という言葉を結構、聞く。そそっかしいメディアは「マルクスが蘇った」と報じていたが、マスクス・エンゲルスが構築した共産主義世界観に共鳴する国民が増えたわけではない。ウィーンの哲学者リシュ・ヒルン(LiszHirn)氏はメディアでのインタビューの中で、「新共産主義者は慈善活動に力を入れている。その無私無欲さは中世の巡回説教者を彷彿させる」と表現している。
オーストリアのトビアス・シュヴァイガー共産党報道官のような新共産主義者は、「公平な社会的負担の分担」を呼びかける。「生産手段」の破棄,私有財産の社会的所有化などは絶対にテーマにしない。参考までに、オーストリア共産党では、「資本論」も「共産党宣言」も党員の必読書ではないという。
政治、経済、社会の全般を網羅する大著「資本論」をまとめたマルクスは21世紀の新共産主義者を見てどのように感じるだろうか。「革命の同志」か、それとも理論には無関心で慈善活動に熱心な「キリスト教的伝道師」のように感じ、「私の著書は不本意にも誤解されている」と嘆くかもしれない。
ちなみに、カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスはその共著「共産党宣言」の中で、「ヨーロッパに幽霊が出る。共産主義という幽霊だ」という有名な台詞を発したが、21世紀の欧州で暴れ出してきたのは「共産主義の幽霊」ではなく、「ナチス・ドイツの幽霊」だ。欧州各地で極右政党が勢いを伸ばしている。
ところで、共産主義の思想体系、労働価値説、階級闘争などは既に理論的に破綻しているが、共産主義自体は21世紀に入っても存続しているのはなぜだろうか。冷戦時代、共産主義国はほぼ崩壊したが、思想は消滅していないのだ。共産主義という「幽霊」は、政党や国家といった外的な形態ではなく、人間の心に潜伏しているからではないか。換言すれば、人間が持つ妬み、不平不満、憎悪、犠牲者(被害者)意識などで葛藤する心の中に共産主義の幽霊は心地よい住処を見出し、成長しているのを感じるのだ。
非常に啓蒙的な見解を最近、聞いた。「マルクス主義者を思想面では屈服させても、完全には勝てない。本当のキリスト者でないとマルクス主義者に勝てない」というのだ。「本当のキリスト者」を「神の愛に生き、利他的な生活する人間」と言い換えてもいいだろう。すなわち、愛、奉仕といった言葉ではなく、それを実践している人間だけが、共産主義者の凍り付いた心を解すことができるというのだ。
例えば、「共産主義の幽霊」は現在、冷戦時代の勝利国・米国で最終的な戦いに挑んでいる。麻薬を拡大し、神を忘れさせ、物質的欲望を最大の喜びとし、人間の心を汚す一方、過激なジェンダー思想を広げ、放縦な自由、キャンセル・カルチャーなど、‘文化戦争‘を展開させている。米国は目下「共産主義の幽霊」の激しい攻撃を受けているのだ。しかしその現実の深刻さを知る者は少ない。
聖書的観点からみると、共産主義者はカインの系譜に属するだろう。神の祝福を得られなかったカインは祝福を得た弟アベルを殺害した。人類最初の殺人事件だ。‘愛されなかった‘人間カインの悲しみ、恨みが共産主義思想の根底にはある。それゆえに、「本当のキリスト者」しかその悲しみを癒すことができないのだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年9月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。