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結論から言う。婚活は地獄だ。いや、地獄というより、異世界かもしれない。ここには独自のルールがあり、独自の価値観があり、そして独自の絶望がある。
夏が過ぎると婚活パーティーが盛況になる—そんな話を結婚相談所経営の知人から聞いた。夏に出会いがなかった人たちが、最後の手段として相談所の門を叩く。まるで病院の救急外来のようだ。
証明書地獄の始まり
2020年から2022年まで、つまりコロナ禍のど真ん中で、私は結婚相談所に在籍していた。50歳、バツイチ。客観的に見れば「売れ残り」と呼ばれても仕方ない状況だ。
最初に驚いたのは書類の多さ。戸籍抄本、納税証明書、給与明細、卒業証明書、誓約書…まるで住宅ローンの審査のようだった。「これで詐称は防げます」と相談所の人は自慢げに言ったが、正直思った。そこまでして結婚したいのか、自分は。
マッチングアプリと違って男女の料金差がないのは良心的、と最初は思った。でも後で気づく。これ、逆に言えば「女性からもしっかり金を取る」ってことなんだよね。平等という名の搾取かもしれない。
私が選んだのはIBJ(日本結婚相談所連盟)系列の格安相談所。入会金0円、登録料5万円、月額費0円、お見合いセッティング費5000円、成婚退会料10万円。他を見ると入会金30万円とかザラにある。同じデータベースなのに、である。
2年間で申し込みが約600件。お見合いが100件。仮交際が10件。
数字で見ると華々しいが、現実は泥沼だった。
一番忙しい日は1日5件のお見合い。「午前11時半:新宿」「午後1時:渋谷」「午後3時:品川」「午後5時:東京」「午後7時:新宿」――電車の乗り継ぎを考えながらスケジューリングする自分が哀れだった。
待ち合わせ場所は主に新宿。理由? 私の事務所があるから。あと、ホテルのカフェの予約が取りやすかったから。実に実用的な理由である。
でも、これが間違いだった。
新宿のホテルは婚活のメッカ。特に土日のカフェなんて、スーツ姿の男女でひしめき合っている。帝国ホテルのロビー、京王プラザのラウンジ…どこもかしこもお見合いばかり。まるで就職説明会の会場のようだった。
写真詐欺の現実
「お見合い写真は3割増しが基本」――これ、業界では常識らしい。
実際、待ち合わせ場所で相手を見つけられないことが何度もあった。プロフィール写真があまりにも実物と違いすぎて、である。ホテルのエレベーター前で右往左往している中年男性を見かけたら、それは私かもしれない。
なぜ写真を盛るのか? 答えは簡単。マッチング件数が増えるからだ。相談所にとって、お見合いセッティング費は重要な収入源。だから積極的に「盛り」を推奨する。会員の幸せより売上が大事――資本主義の論理だ。
成婚で退会されるより、月額費とお見合い費を払い続けてくれる方が儲かる。この業界の本音がここにある。
また、お見合いの服装は男女ともスーツが定番。でも私はジャケット派だった。理由は単純――みんな同じに見えるから。
考えてみてほしい。仮交際になった後、デートでスーツを着る人がいるだろうか? 平日の夜、会社帰りならともかく、休日にスーツで現れたら相手は引くでしょ。
それなのに、なぜお見合いでスーツを着るのか。真剣さをアピール? 馬鹿げている。真剣さは服装ではなく、態度と言葉で示すものだ。
成婚率はおおむね10〜15%。これが業界の現実だ。
「当社の成婚率90%!」なんて広告を見かけるが、眉唾もの。そもそも成婚率の定義が曖昧だし、分母をどう設定するかで数字はいくらでも操作できる。
私の場合、100回のお見合いで相手から断られたのは2回だけ。でも結婚には至らなかった。なぜか?
仮交際期間が短すぎるのだ。最長6か月、基本は3か月。この期間で結婚を決めろと言われても無理がある。しかも、相手の家に行くのも宿泊も禁止。何をどう判断しろというのか。
結局、表面的な情報だけで人生のパートナーを選ぶことになる。これで成功する方が奇跡だ。私には無理だった。
会話という名の地雷原
お見合いで最も難しいのは会話。これがうまくいかないとすべて終わり。
よくある失敗例を一つ。
女性:どんな料理がお好きですか?私は日本食が得意で教室も通っています
男性:日本食は芸術ですね。『目』で食べるんです
女性:『目』で、ですか?
男性:素材への気遣い、お皿との一体感です。『椀』の気持ちよさも大切で…
女性:『椀』の気持ちよさ…ですか?
男性:唇が椀から離れた際の気持ちよさです。適当なあんばいで必要です。
女性:はぁ…で、どんな料理がお好きですか? 私は卵料理が好きなんですが。
男性:卵料理も芸術です。うんちゃらかんちゃらの…
女性:無言
女性の表情が凍りついているのに、男性は気づかない。延々と「椀の気持ちよさ」について語り続ける。結果は言うまでもない。
相手が求めているのは軽い雑談なのに、つい知識をひけらかしてしまう。中年男性の悲しい性である。
婚活は確かに過酷だ。でも、活動している本人は至って真剣である。
「婚活の悲劇」だの「写真詐欺」だのとネガティブに報じられることが多いが、それだけではない。真剣に人生のパートナーを探している人たちがいる。その気持ちだけは本物だ。
期待はしていい。でも期待しすぎてはいけない。これが私が2年間で学んだ最大の教訓かもしれない。
結局のところ、結婚も恋愛も「ご縁」なのだから。
知らんけど。
尾藤 克之(コラムニスト・著述家)
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22冊目の本を出版しました。
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