私は此の「北尾吉孝日記」で以前、鴇田正春著『今こそ、東洋の知恵に学ぶ』(11年8月10日第一刷発行)より多くを引用する形で、『東洋史観に学ぶ』(14年1月17日)と題したブログを書きました。
東洋史観とは「東洋的な自然観を基に体系づけられた知恵の集積」のことであり、東洋史観における軍略とは「人間集団の大計を誤りなく次の時代へ誘導するために考え出された知恵」のことです。東洋史観の「起源は古く、古代中国に端を発する万象学で、(中略)歴史的には、唐の時代(六一八‐九〇七)に学問として体系化され、宋、明、清などの時代に帝王学として発展している」ものであります。
本ブログでは先ず、菅直人氏の後継が誰になるかという時期に世に出された上記書籍につき、以下『東洋史観に学ぶ』で御紹介した内容の一部を添付画像と共に記しておくことと致します。
米国に関する言及もよく当たっていますが、私にとっては日本の方が面白く感じられ、例えば「現在の日本は、陰の時代から陽の時代への転換期にある。すなわち国家が最も混迷し衰退した時期を脱し、次の上昇期へ向かう国家再生の出発点に立っている。今は次の陽の時代を一段高い次元の国家として迎えるための準備時期にあるといえる」とか、あるいは「世の中に少し明るさが出てくるのは、教育期の後半に入る平成二十五年(二〇一三)頃からであり、日本が再び陽の発展期である経済確立期を迎えるのは平成二十九年(二〇一七)からとなる」といった東洋史観の示唆を得ています。
「時代と首相の代数」ということでは、『首相の代数で問題になるのは、①時代と首相の代数が合致しているか、②政策と首相の代数が合致しているかである。一致していればその指導者は役割を果たすことができ、一致していなければ役割を果たせず短命政権に終わるか、あるいは国民に不幸をもたらすかのどちらかになる。政治家が成功するためには素質もさることながら、「時代・政策と代数」の一致度が重要なのである』として、「日本が動乱期(金性)および教育期(水性)になってから」の八名の総理大臣が「簡便法(国家の議決により総理大臣の指名を受け組閣した人物の順次)」に基づいて書かれています。
「時代に一致しない」三名として五十四代(火性)小渕恵三氏・五十九代(火性)麻生太郎氏・六十代(土性)鳩山由紀夫氏が、「時代の先を行ってしまう」二名として五十七代(水性)安倍晋三氏・五十八代(木性)福田康夫氏が、そして「時代に遅れてしまう」二名として五十五代(土性)森喜朗氏・六十一代(金性)菅直人氏が載っています。
時代と代数の関係を相生相剋理論で見れば、森氏・安倍氏・福田氏・菅氏は「お互いが助け合う関係(相生)」にあったものの大事を為し得なかったと言えましょうが、「その中で小泉首相の代数が時代と合致していて、本領を発揮しやすかったことが分かる。また、西方の攻撃型に位置するため、動乱的な社会現象を起こし、外交面での処理も速いということになる」と述べられています。
経済確立期(木性)における六十五代(土性)石破茂氏というのは、「時代に一致しない」相剋関係のトップでありました。「史上最低の総理大臣」と評する人が数多いたわけですが、私もその一人です。そしてまた、彼の取り巻き連中を見るに、「類は友を以て集まる、とは正にその通りだなぁ」とつくづく思いました。中国の栄枯盛衰の歴史を見ても、皇帝が悪ければ周りにいる参謀も「佞人(ねいじん)…口先巧みにへつらう、心のよこしまな人」が主となり、結局国は亡びています。
政治の根本およびその得失を論じた『申鑒(しんかん)』を著し献帝に奉った後漢の学者である荀悦(じゅんえつ)は、当思想書の中で「政を致すの術は、先ず、四患を屏(しりぞ)く」として「偽私放奢」の四つの患(わざわい)を挙げています。此の「亡国への道」としての偽私放奢、「偽…二枚舌、公約違反のたぐい」「私…私心、或いは私利私欲」「放…放漫、節度のない状態」「奢…贅沢、ムダ使い、或いは心の驕り」とは、「この中の一つが目立っても国は傾く」というものです。
指導的立場に就くべきは、我国の将来を心から憂え、国家のため身命を投げ打って尽くし、本当に此の国を引っ張って行くことが出来る人物、即ち国士こそであります。普通であれば「敗軍の将は兵を語らず」、参院選で大敗を喫した直後にすぱっと結論を出すのが「将に将たる器」でしょう。石破氏は50日もの政治空白を生んだ後、党が割れるか否かの寸前で漸く動いたのです。御本人は自画自賛していましたが、之が真に国士と言えるのでしょうか。
安岡正篤先生は御著書『東洋政治哲学』(1932年…東洋史観では大日本帝国憲法下の「権力期」、軍国主義化へ)で、次のように述べておられます――我が国即今の内憂外患は、最も国士の払底にその深き禍根を有する。国士の払底は、要するに明治以来世を挙(こぞ)って、教育が単なる知識と技術との習得に偏し、世渡りの方便と堕してしまった悪果である。その為に世の良心の権化として、己を忘れ、己を虚しうして、民衆の為に謀り、国家の為に策すべき国士がなくなって、官吏も議員も畢竟一身の計に汲々たる求田問舎の民と化し、治法はあっても、治人は無く、民衆をこの擾乱に陥れたというの外はない。
先生はまた御著書『続経世瑣言』(1942年…東洋史観では大日本帝国憲法下の「動乱期」、太平洋戦争下)の中で、「おしなべて現代政治家の根本的弱点は、その余りに人を知らぬこと、人を持たぬこと、人を見ぬこと、人の使えぬことに在ると思う」と述べておられます。トップというのは人を見るの明、そして人を用うるの徳といったものが求められます。どのような人を自分の周りに置くかは極めて重要です。人の見方としては「四看」(『呻吟語』)あるいは「視・観・察」(『論語』)等々様々ですが、「恒心…常に定まったぶれない正しい心」がどうかの一点こそが急所であると言え、此の恒の心を維持できる人が人物だと思います。トップは人物を得るべく何時の時代も、最大限の努力を払わねばならないのです。
今色々な新総裁候補が挙げられる中に、国士たるに相応しい人物はいるのでしょうか。一国の総理として能力的に不十分が一部あるとしても、周りに人物を得るに然るべき国士はいるのでしょうか。私は当ブログで再び強く申し上げたい、今度こそ『新総裁は人物たれ』。
編集部より:この記事は、「北尾吉孝日記」2025年9月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。