もはや東京はサラリーマンの街ではない

黒坂岳央です。

「東京に住み、東京の会社で働く」、これがサラリーマンにとってのキャリアデザインの一つだった。「六本木や渋谷に住んで通勤時間を削減しろ」というアドバイスも1つの選択肢として提案されてきた。

だが、いまやそれは現実的ではなくなりつつある。給与所得者の上位5.5%に当たる年収1,000万円ですら、23区内の新築タワーマンションを購入することはほぼ不可能になっている。

特に港区や渋谷区のタワーマンション価格は2億円〜3億円台が当たり前となり、郊外の一般的な住宅の水準から見ても常識外れだ。

いま東京の高級住宅を積極的に購入できるのは、経営者、医師や弁護士などの高額所得資格職、資産を築いた投資家、そして富裕層外国人に限られるだろう。サラリーマンで都心に住めるのはIT、金融、広告など一部の業界に偏り、パワーカップルですら厳しくなってきた。

大多数のサラリーマンは、東京から締め出されつつある。

monzenmachi/iStock

世界標準に近づく東京

国土交通省や不動産経済研究所の調査によれば、東京都心の新築マンション価格はこの10年で倍増している。一方で給与所得の伸びは微々たるものであり、住宅価格と年収の倍率は「7倍ルール」を大幅に逸脱している。香港やニューヨークに匹敵する水準に迫りつつあり、都市居住の構造的な歪みを示している。言い方を変えれば、庶民でも首都の中心に住めていたこれまでが異常だったとも表現できる。

サラリーマンの給与水準は限界を迎え、都市居住の選択肢は明確に二極化している。買える人々は資産を運用し、企業オーナーとして収益を上げる層であり、買えない人々は都心を諦め、郊外や地方に流出せざるを得ない。結果として、東京は「給与所得者の街」ではなく「資産所得者の街」へと変貌している。

これまで政府は「東京一極集中の是正」を掲げ、地方創生や移住促進などの施策を繰り返してきた。しかしその多くは目に見える成果を上げられなかった。

皮肉なことに、まさか不動産価格のインフレこそが、結果的に東京一極集中を解消する一手になり得るとは誰も想像していなかっただろう。住宅市場がサラリーマンを東京から追い出し、地方移住を現実的な選択肢として浮上させているのである。

地方移住の合理性

筆者はサラリーマンではないが、早い段階で「東京は必要な時だけ行くのが合理的」と判断し、地方に拠点を移した。イベントやエンタメ、出張、人とのネットワーキングや買い物といった限定的な目的で東京を利用し、生活基盤は地方に置いているがこの判断は間違いなかったと思っている。

YouTubeでは東京の一等地に建つ3億円、4億円超のマンションツアー動画が人気だが、地方で大きな家ばかり見ている筆者からは驚くほど狭いと感じてしまう。たとえば福岡で3億円を出せば豪邸に住めてしまう。

もちろん、東京の高級マンションを批判するつもりはない。だが周辺環境や機能性はいったん脇において、コストに対して得られる「快適な住居スペース」という点だけを見た場合のメリットがあまりに少ない。

資産性やキャピタルゲインの期待はできそうだが、それも金融投資で代替可能である。地方で同額を投じれば豪邸に住むことができ、広さも快適さも段違いである。しかも昭和の時代と異なり、通販や物流網は整備されており、生活に不自由はない。東京に「常時住む」ことの合理性は、すでに消滅していると感じている。

東京はもはやサラリーマンの街ではない。年収1,000万円を稼ぎ出すサラリーマンですら、都市居住が叶わない異常な市場構造は、給与所得者と資産所得者の断絶を浮き彫りにしている。

今後、合理的な選択は「必要なときに東京を利用し、普段は地方で豊かに暮らす」というライフスタイルになるだろう。都市はもはや生活の場ではなく、投資と消費の舞台へと変貌しつつあるのである。

 

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著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。