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やたらと税務調査が怖いものだと印象づけているのは税理士
税務調査が好きだという経営者はいないでしょう。
それこそ、豪放磊落で鳴らしていた社長さんでも、税務署が来るというだけで一週間前からメシが喉を通らないのだと。
いや、事前に税務調査に来ますと通知してくるような「任意調査」であれば、大したことなど起こらない。
最悪、それまで免れていた税金を遅れて払えば済むような話なんですから。
別に、税務署員からすれば、脱税を摘発するような「強制調査」でもなければ、「上司からここに行って来い」と言われたから行くという公務員のルーティンワークに過ぎないのです。
それなのにやたらと、税務調査を怖がる人が多いのはなぜか。
今回は、どうもそこには、税理士の影響が大きいのではないかという話をしてみようと思います。
ここ30年で税務調査の実施割合は大幅に減っている
税務調査の対象となる事業者に対して、実際に税務調査が行われた率のことを「実調率」といいますが、どれくらいだかご存知ですか?
その実調率は個人事業者は約1%、法人は約3.2%と言われています。
つまり、個人事業に対しては、100年に一度、法人については、33年に一度しか税務調査は来ないことになります。
ただ、この数字には、かなり規模の小さい事業者も含まれているのではないかと思われます。
数字はどうであれ、ポイントは、ここ30年で法人の実調率は1/3に下がっているという事実です。
私の独立して30年以上の体感としては、年商が1億円以上の中小企業であれば、税務調査が来るのは、以前は3年から5年に一度程度だったものが、今は7年から10年に一度に伸びた。
それ以下の規模の事業者であれば、その頻度はそれよりずっと少なかったものがさらに減ったということでしょう。
その原因は、やはり税務署の人手不足。法人の件数が235万件から308万件へと30%以上も増えているのに、税務署員は2.4%しか増えていない。
それも、景気低迷時に新規採用を極端に抑制したため、一番活躍すべき年代の人材が少なく、全くの新人や一度定年退職した人の再任用でなんとかやりくりをしているような状況です。
これは、私が言っているわけではなくて、国税庁が発行している調査レポートにも記載されていることなのです。
一方で、税理士もそれだけ税務調査が実施される割合が下がれば、税務調査の経験数が減る。
その上、大手税理士法人では、品質のバラツキを抑えようと申告処理の標準化を進めているため、あまり踏み込んだ処理がされません。
その結果、それしか経験のない、大手税理士法人出身者は、税務調査とのシビアな折衝の経験値が極めて少ないことになります。
税務調査に内心ビクつく税理士・会計士が増えている
その結果として、厳しい税務調査の経験が少なく、内心税務調査にビクビクしている税理士・会計士が増えているということなんです。
先日も、とうとう、顧問の会計士が自分で申告をしておきながら、税務調査の対応をできないと言い出すという事態が起き、仕方無しにセカンドオピニオンである私が税務調査の”代打ちを”することになりましたから。
税務調査が怖いので、とにかく税務調査で負けて恥をかきたくない。
なので、税務署に厳しく突っ込まれないような”弱気な申告”をするので、いくら税務調査が来たとしても、全然シビアな交渉の経験値も積み上がらない。
その結果、ここまでしか踏み込めないのだと勝手に思い込んで、いつまで経っても”弱気な申告”しかできないという悪循環に陥る。
その上、税務調査で負けないためなのか、日常での厳格な経理処理を会社に求めたり、税務調査が来るとなったら「こう言われたらこう答えてくれ」という税務調査の”リハーサル”までやり始める人までいます。
そんなことをしたら、そりゃ社長は、税務調査を怖いものだと思うのも致し方ないでしょう。
いや、少なくとも、社長が税務署員に会う、会社での現地調査なんて、単なる資料収集の機会であって、別に試験でも面接でもないです。
言われた資料を提出し、聞かれたことに答えるだけ。その場で出せない資料は、後で出せばいいし、明確に回答できないことも後で答えればよいだけです。
どうせ、現地調査に来ている担当者の多くは、最終的な決裁権はないので、現地調査が終わった後で、決裁権者である統括官の指示で、追加の質問や資料提供が来るのですから。
リハーサルなんて、ビビっている税理士・会計士が自らの心を落ち着けようとするだけのことで、なんの意味もないです。
税務調査が怖いものであると思わせるほど、そこから守ってくれる顧問税理士の価値は上がるとの考えもあるのかもしれませんが、どうも話を聞いてみると、多くは、本当にビビっているだけのようです。
とにかく税務署員は早く税務調査を終わらせたい
税務署員に対し、一社の税務調査に対して与えられた日数は、全部の処理を含めてもせいぜい4-5日分しかない。
メチャクチャ忙しいわけです。ですから、とにかく、上司が納得してくれる形で、素直に納税者や税理士が修正申告に応じてくれることを願っているんです。
なにせ、修正申告に応じてもらえないと、更正といって、税務署が正しいと思う形で税金を課すという処分をしなくてはならない。
ですが、この更正をしたら、これまでは、散々人様の申告内容のあら捜しをしていた税務署が、今度はその更正の内容について、税理士からの”反撃”に耐えうるだけの資料整備や署内での調整に膨大な時間を費やすことになるのです。
ですから、こちらとしては、逆に時間を掛けて、税務署員の”持ち時間”を削り取ることが、交渉を有利に進めることになるわけです。
その際に、税理士として困るのは、納税者であるお客様が、税務調査を過度に心配することです。
「先生、あの税務調査はどうなりましたか?夜も眠れないです」と言われると、じっくりと反論を繰り返し、有利な落とし所を探すという交渉はできず、早期の決着を目指すしかなくなるのです。
税務調査もただの利害の対立する社会人の交渉事
税務署だって、修正すべきだと指摘してきた事項を、そのまま全部修正してもらえるなんて考えていません。
そこから、時間を掛けて交渉をすることで、今回は指導にとどめるとして、修正すべき金額を減らす余地は十分あるのです。
それなのに、税務調査にビビっている税理士・会計士としては、その不安から早く解消されたいと、とにかく早く税務署との交渉をまとめたがる。
そこで「いやいや、そんなの税務署の”言い値”でしょ。そこから、どれだけ修正額を減らすかが顧問税理士の仕事でしょうに」という段階なのに、「もうここが限界、税務署を怒らせる前に修正申告をしましょう」とやたらと納税者を焦らせるのです。
そんな顧問税理士の税務調査対応をセカンドオピニオンとして、何度も見てきました。
そこで、社長に「そのまま修正には応じる気はない。ここはこのように反論をして欲しい」と顧問税理士には伝えるようにとの助言をした結果、実際に税務署から折れてきて、修正すべき金額が減ることは多いのです。
社長、あなたは、脱税をしているんですか?
そうでないなら、税務調査なんて、特別なことでもなんでもない、ただの利害の対立する社会人同士の交渉事です。
その交渉事で、相手は、どうしてもこちらに修正申告に応じてもらわないと困るのです。
調査の権限やその能力としては税務署が圧倒的だとしても、その分、交渉段階では、こちらにハンデが与えられているようなものなんですよ。
税務調査を過度に恐れることなく、そのハンデをしっかりと活かすように、じっくりと交渉をしてみましょう。
それこそ、社長なら、得意先とのもっともっと厳しい条件交渉を乗り切ってきたと思いますよ。
編集部より:この記事は、税理士の吉澤大氏のブログ「あなたのファイナンス用心棒」(2025年9月24日エントリー)より転載させていただきました。