黒坂岳央です。
近年、ビジネス書やマナー講師からの提案で「育ちをよく見せろ」というものがある。魚をきれいに食べる、言葉遣いが上品である、身なりが整っているといったものだ。確かに第一印象を良くするうえでそれらは意味があると思う。第一印象が悪ければ、内面理解の段階へ進まないので「何よりまず悪印象を避ける」というのは非常に重要で、マナーを守ることは確かに大事だ。
だが、これらは本当に人間の価値を測る物差しになり得るのだろうか。筆者はそうは思わない。なぜなら「育ちの良さ」と呼ばれるものの多くは、化粧のように表面的な訓練や短期間の学習で簡単に身につけられるものに過ぎないからである。こういった小手先テクニックで面接をハックするような論調であることは騙し合いをするようであまり好みではない。
それよりも信頼性の高い指標がある。マナーより思考だ。これは一朝一夕で身につくものではない。
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ごまかせない「思考の良さ」とは
思考の良さとは、日常の言動や意思決定の中に自然と現れる資質である。例えば次のようなものが挙げられる。
- 人前で感情的にならない冷静さ
- 特定の属性や性別を敵視しない寛容さ
- 簡単に諦めずに粘り強く努力する胆力
- 否定から入らず、建設的に議論を進める姿勢
これらはいずれも本を数冊読んで「明日から直そう」と思っても、すぐに変えられるものではない。
感情的にならない人は、それまで一定レベル以上の健全な人間関係を築いてきた履歴書そのもので、「冷静に話せば分かる」という経験に裏打ちされている。
また、異性や特定の属性を敵視しないのは、愛情や安心感を持って育まれた背景を示すだろう。
そして忍耐強く挑戦を続けられるのは、過去に小さな成功体験を重ね「努力すれば報われる」という実感を手にしてきたからである。
最後に否定から入らない態度は、自己肯定感と学びを大切にする姿勢が根付いているからにほかならない。
要は「思考の良さ」とは、経験と哲学の積み重ねの上に立った人格そのものであり、短期間の化粧では覆い隠せないのである。
「育ち」とは社会に出てからが本番
一般的に「育ち」とは親から愛情やしつけを経て成熟することをいう。だが、筆者はそれだけではないと思っている。誰しも、社会人になったばかりの時は未熟であることが多い。筆者も今振り返ると顔から火が出そうな非礼やマナー違反を山ほどやらかして、会社で迷惑をかけたこともある。
しかし、まるで親のように厳しくも愛情深く、忍耐強く接して成長を期待してくれた上司や先輩に育ててもらい、ビジネスマナーや人間関係の信用の重要性をたくさん教わった。大学を出た直後の青いビジネスマンだった頃から、大きく成長させてもらえたと思っている。
人間が育ててもらうのは親が半分、もう半分は社会人になってから友人や先輩、上司など、「立場」によって育ててもらってようやく一人前になると思うのだ。
たとえば社会人になってからの育ちで言えば、「顧客へ即レス」とか「約束したことはどんなに小さなことでも必ず守る」「間違えたら素直に謝罪する」といった当たり前の行動の積み重ねに現れる。
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「自分に都合の良いタイミングで働きたい」という独りよがりの思考だと、顧客への回答が遅くなって相手を不安にさせても気にしないだろうし、小さな約束をごまかしたり、ミスを認めずいい加減な言い訳で逃げたりする人もいる。
それらはすべて、社会人になった後の「育ち」で出るものだ。だから、こちらの指標がおかしければ、どれだけ魚をきれいに食べても、お辞儀がきれいでも信用に足る人物とは言えないだろう。
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