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小学校教師の松下隼司と申します。(教員23年目、2児の父親です。)
教師になって20年以上経ちますが、教師1、2年目の頃は、死んだら楽になれるかもと思うことが多かったです。
私は大学を卒業してすぐ、大阪の公立小学校の教師として働き始めました。
新卒1年目は、5年生担任と体育主任になりました。教育実習では、授業を数回しただけで、教師の仕事について分からないことばかりでした。体育主任の仕事も、前年度まで体育主任だった人が異動してしまい、何が分からないかも分からない状態でした。
新卒2年目、昨年度に担任した5年生の学級は落ち着かない状態でした。でも持ち上がりで、6年生担任になりました。休み時間や放課後、子どものトラブル対応が毎日のようにありました。保護者対応で、深夜0時を過ぎる日もありました。緊急の保護者会も開かれました。担任として力不足なところがたくさんあったのに、保護者からは、
「まだ先生になったばかり。私たち保護者で、先生を支えましょう。」
と励ましの言葉をもらいました。
でも、心は日に日にしんどくなっていきました。朝、布団から出るのがやっとの日は、自宅前からタクシーに乗って、職場に向かいました。夜は眠ることはできましたが、毎日のように学級崩壊の悪夢を見ました。髪の毛も減っていき、クラスの子どもたちに心配されました。
マンションの6階に住んでいるのですが、今ここから飛び降りたら楽になれるかも…と、自殺が頭によぎることもありました。教師になったばかりの頃は、休職や退職という選択肢が思い浮かびませんでした。「仕事を続ける」か「死ぬ」かの2択しか思い浮かびませんでした。
息絶え絶えで6年生を卒業させた翌年度の新卒3年目、また6年生担任を拝命しました。力不足の自分がなぜ…と、思いました。1、2年目と同じ失敗はしないようにしました。でも、ここから飛び降りたら楽になれるかも…と、ふと思うことはありました。
自殺まで考えていた私が、今では、あと何年、教師の仕事を続けられるんだろう…と、前向きに考えられるようになりました。そのきっかけが、〝教師の職を演じる〟というマインドチェンジでした。演じる仕事術の心構えと具体的な50個も工夫を、著書にまとめました。
拙著の中から1つの演じる仕事術を紹介いたします。
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職場の同僚との人間関係でしんどくなり鬱状態まで追い込まれた経験があります。職場のお局様的存在の超先輩の言動に苦しみました。何度も泣きました。私以外の同僚も、その先輩に職員室で怒鳴られていました。そのときも私は体が硬直し、涙が溢れてきました。何年も歩き慣れた通勤路なのに、ボーっとしてしまい迷子になったこともありました。深いため息ばかりついていました。
でも、ある日を境に、ピタッとパワハラがなくなりました。
パワハラを受けていることを、管理職に相談した同僚が出てきたからです。
しかも、きちんと記録(証拠)も付けて相談したのです。管理職も相談されたからには、動かざるを得なくなったからです。
教師として、保護者などからクレームを受けることはあっても、クレームを入れることには慣れていません。我慢することが美徳と思っていたり、クレームを受ける辛さを知っていたりするからです。クレームを入れることに罪悪感をもっているからです。
そんなときは、クレーマー役を演じていると思えば、気持ちが楽になります。クレームを入れることで職場に迷惑をかけると申し訳なく思う必要はありません。被害者は悪くありません。いじめもパワハラも、加害者が悪いのです。
※ パワハラの記録は、相手の名前や言動の内容だけでなく、パワハラを受けた日付や時刻、場所もとっておくようにします。そして、パワハラ被害を管理職に相談したことも記録します。相談した日付と時刻と場所、管理職の言動も記録するようにしておくことをおすすめします。
また、管理職からパワハラを受ける場合もあります。でも、自分で管理職に「パワハラです」と言いに行くのは、怖くてなかなかできません。そこで、自分の親にお願いして、管理職や教育委員会に電話してもらうことをおすすめします。
「私の子が、校長からパワハラを受けています。」
と、勤務先の校長か、教育委員会に電話をしてもらうのです。
※ この場合も、証拠となる記録を伝えるようにします。ただ、「パワハラを受けています」だけだと、「事実確認をします」と言われてしまうからです。パワハラ改善が遅れてしまったり、最悪、うやむやになってしまう可能性もあります。
以前、『命の授業』で有名な元中学校教師の腰塚勇人先生の講演会でお話を聞いたことがあります。講演会のお話の中で、「子どもだけでなく、教師の世界にも〝いじめ〟はある。それぐらい、いじめをしないことは、大人でも難しい」という内容のお話がありました。私は、ものすごく納得、共感しました。
子どもたちに、「もし、自分が〝いじめ〟を受けたらどうしたらいいか」ということを授業しています。「我慢しなさい」「いじめを受ける自分に問題があるかもしれない」などとは絶対に言いません。パワハラも同じです。我慢する必要はありません。例え仕事のミスを自分がしてしまったとしても、パワハラは許されません。そして、もし自分がパワハラを受けたら…と、前もって具体的な手立てを考えておくことも大切です。
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教師になって18年目のとき、社会見学で担任する子どもたちを引率していると、
「松下先生!」
と、大人の男性に声をかけられました。
初任校で担任した6年生のN君だと、すぐに気がつきました。しかも、大きく成長したN君の後ろには、たくさんの子どもたちがいました。N君は、小学校の教師なって、学級担任として私と同じように自分のクラスの子どもたちを引率していたのです。
立派に成長したN君の姿を見ることができて、涙が出るほど嬉しかったです。そして、教師を続けてよかった! としみじみ感じました。
でも、日本の教師の労働環境は、先進諸国の中でも群を抜いて過酷です。教師に向いていると思える人でも、教師を続けるのが困難な状況になっています。
毎日が、「心頭滅却すれば火もまた涼し」「アヒルの水かき」「顔で笑って心で泣いて」の状態です。まさに‶職を演じる〟という発想と手立てが求められています。
仕事には楽しいこともあれば、しんどいこともあります。それは、教師の職業だけでなく、他の職業もあります。
「演じる仕事術」というテーマの本書が、読んでくださった方の仕事のしんどさを‶楽〟にし、仕事の‶楽しさ〟に気づくきっかけになったら嬉しいです。
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松下 隼司
1978年生まれ。2003年、奈良教育大学の小学校員養成課程美術専攻を卒業 ・大阪府公立小学校教諭。令和4年度 文部科学大臣優秀教職員表彰。
【主な著書】絵本『せんせいって』『ぼく、わたしのトリセツ』。教育書『先生を続けるための「演じる」仕事術』『教師のしくじり大全』『むずかしい学級の空気をかえる 楽級経営』
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