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先月、知人の投資家が嘆いていた。「海外のAIツール、全然ダメじゃん」と。
彼が使っていたのは、シリコンバレーのスタートアップが開発した、鳴り物入りのAI投資分析ツールだ。月額5万円。英語版のドキュメントを必死に読んで、データを入力して、推奨銘柄を見た。で、買った。そして損した。——いや、彼が悪いわけじゃない。
「生成AI投資の教科書」(ジョン・シュウギョウ著)ソーテック社
問題は、そのAIが「日本市場」というものを全く理解していなかったことだ。
株主優待。これ、海外の人間に説明すると必ず困惑される。「なんで企業が株主にカレーをくれるんだ?」って。でも日本ではそれが当たり前で、むしろ配当利回り3%より「食事券」の方が魅力的だったりする。母親がよく言っていた。「この会社の優待、カタログギフトなのよ」。そういう選び方をする個人投資家が、ゴマンといる。
これが日本だ。
で、問題はここから。優待の権利確定日前後、チャートが妙な動きをする。3月と9月――特にこの時期はもう、独特だ。海外のAI? 知ったこっちゃない。欧米市場のデータで学習したモデルに、「おもてなし文化」が理解できるわけがない。当然だ。そんなデータ、向こうには存在しないんだから。
(話を戻すと)
つい先日、Xで流れてきた投稿がある。「GPIFの動向を読めないとダメだ」という内容だった。その通り。いや、本当にその通りなんだが――260兆円だぞ? この巨大な怪物が、年金資金という性質上、長期保有前提で動く。個人投資家がチャートを見て「よし、今だ!」なんてやってる横で、桁違いの資金が別の論理で動いている。
これ、どうやってAIに学習させるんだ?
企業グループ間の株式持ち合いもそう。戦後から続く、あの独特の構造。メガバンクと商社と製造業が複雑に絡み合って——説明する気も失せるが、要するに「簡単に株価が動かない仕組み」がある。海外のAIツールがS&P500で学んだ「流動性」の概念とは、根本的に違う。
ああ、そうだ。情報開示の話もしないと。
日本企業の開示資料、読んだことあるか? あのPDF、異常に長い。しかも日本語。英語版? あることはあるが、要約だったり、公開が1週間遅れだったり。BloombergやReutersに即座に反映されない企業も珍しくない。
で、何が書いてあるかというと——「当社の社会貢献活動」とか「経営理念」とか。いや、それも大事だが、グローバル投資家が知りたいのは「セグメント別の詳細な売上予測」とか「キャッシュフローの内訳」だろう。
この非対称性。これが日本だ。
冷静に考えようと思ったが、やはり腹立たしい。
「グローバルスタンダード」とやらに合わせようとして、日本市場の特性を無視する。海外で成功したAIツールをそのまま輸入する。当然、うまくいかない。でも誰も気づかない。いや、気づいているのか? 気づいているけど、「まあ、そのうち」とか思ってるのか?
違うだろう。
必要なのは、株主優待情報を体系的にデータベース化して、権利確定日前後のパターンを機械学習で予測するシステムだ。GPIFや機関投資家の四半期ごとの動向を、過去20年分くらい遡って分析する。日本語の決算短信や適時開示を、自然言語処理で即座に解析する。——こういうことを、誰かやってるのか? やってないだろう、多分。
結局、何も変わらないのだろうが。
でも、本気で日本市場でAIを使いたいなら、そこから始めるべきだ。グローバル化? 結構。でも、足元を見ろ。ここは日本だ。優待券が投資判断に影響する国なんだ。それを笑うな。それを理解しろ。
そこから始まる。違うか?
尾藤 克之(コラムニスト、著述家)
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