ガザをめぐり、停戦合意が成立した。「ガザ紛争終結のための包括的計画」に基づく合意、と言われる。ただ、第一段階の履行が開始されようとしているだけの段階であり、その後の展開の具体策は、さらなる交渉によって決まっていく。
ガザの惨状を見れば、停戦合意が果たされたことは喜ばしい。しかし今後の展開にはまだ様々な紆余曲折があるだろう。
気になるのは、この機会に発出された岩屋外務大臣の声明文が、日本が「早期復旧・復興に関する国際的な取組に積極的に貢献していく」と力説していることだ。
日本が「ATM」「キャッシュディスベンサー」と呼ばれるようになって久しい。冷戦終焉直後に勃発した湾岸戦争に、人員は派遣しなかったが、巨額の財政貢献を行ったため、このように言われるようになった(ただし日本の貢献額については、確証されている90億ドル程度から、実際には1,300億ドル程度だったという主張までの額面に開きがあり、よくわかっていない)。
岩屋毅外務大臣 自民党HPより
当時の日本のGDPの世界経済におけるシェアは約15%であり、その後もしばらく上昇が続いて17%程度にまで達する時期であった。「ATM」と揶揄されるに値する経済力があったのだ。
現在の日本のGDPの世界経済におけるシェアは、約4%程度である。この劇的な凋落を見てもなお、「ATM」役をこなし続けることに、日本外交の活路を見出そうとするのは、無理がある。
私は、2024年5月頃、UNDP(国連開発計画)アラブ局長が来日して、「ガザの復興資金の必要性」を日本政府に説いている風潮について、批判的に論じたことがある。戦争が終わる見込みも乏しい状況で、復興資金の金の計算だけを、外務官僚と国連官僚が始めるのは、間違っている、といったことを書いた。
当時から、欧米諸国がウクライナ向け資金提供一色になって、他の地域向けの資金提供が滞る傾向は顕著だった。今年になってトランプ政権が成立しアメリカの資金提供が止まり、状況はさらに悪化している。日本への期待は高まり、外務官僚は、日々、お世辞を言ってもらっているような状態だ。
外務官僚にとっては、多大な労力を要するだけでなく、万人から愛されることが難しそうな政治交渉などに首を突っ込むのは面倒が多い。その一方、資金提供の約束をするのは、納税者(と国債購入者)に負担を押し付けるだけの話なので、面倒がない。現役の外務官僚が長年慣れ親しんできた「ATM」としての役割に安住できるのであれば、それに越したことはない。どうしても、そちらに流される。
東京に事務所を置く国連機関なども、基金と計画の国連諸機関を担当する「地球規模課題審議官」を「地球神」と呼んだりしながら、外務省との密接な関係の構築に専心している。最近は、国連機関の広報でも、日本の納税者ではなく、外務省に感謝を表明したり、大使ら外務官僚個人を賞賛したりする内容が増えてきた印象がある。
外務省は、「天下り先」が乏しい省として有名である。国際機関の高位ポストは魅力的だ。国際機関では、女性幹部職の数が半分以下にならないように精査する文化があるため、外務省に女性がキャリア官僚として採用されると「マルチ」(国際機関系)畑の担当に送られることが多いと言われる。国際機関は職員の家族教育手当などが充実している。外務官僚が、子息・息女が留学したがったり、医学部に入りたがったりすると、急に国際機関に出向したがるようになる、といった話も絶えない。
もちろんこれらはガザには全く無関係な事情である。
ガザが早期復旧・復興して、悪いことは何もない。しかしイスラエルが破壊し、日本が復旧費用を出し、それでまたイスラエルが破壊する。しかし、日本はアメリカの顔色をうかがいながら、ただ外務省が資金供与するスピーチを繰り返し、納税者の懐が寒くなるだけ。そのような負の悪循環が、全く望ましくないことは、言うまでもない。
その場限りの資金提供に、ガザの人々、そして全世界の人々が賞賛するのであれば、まだマシである。しかし復興を牛耳る国際機関の運営方法は、まだ決まっていない。トランプ大統領は、自らが議長になり、ブレア元英国首相などを起用しながら、「ガザをリゾート地にする」「ガザ沖の天然資源の開発」方向で、資金運用しようとしている。破綻したアイディアである。うまくいくはずがない。
ガザの人々は、まず「人間としての尊厳」を認められることを求めている。
それを度外視して、トランプ大統領の外国人向けの「リゾート地」「天然資源の開発」に黙って資金提供を通じた協力をするような形を作るのは、日本外交として、望ましくない。「直接ではない、周辺施設の充実など間接的にだけだ」などの言い訳は、国際世論では、通用しない。果たして、そのような税金の使われ方を望んでいる納税者が、いったいどれくらいいるのか。
ガザの人々は、まず「人間としての尊厳」を認められることを求めている。政治プロセスの進展を、しっかりと支えていくことが、何よりも必要だ。
そのことを忘れることなく、大局的な見地に立った外交姿勢を作っていくことが、求められる。
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