坂口志文氏(生理学・医学賞)と北川進氏(化学賞)の日本人2人が受賞した今年のノーベル賞、そのことはまことに慶賀に堪えない。が、筆者はかねがね自然科学系ではない文学賞や平和賞の否定論者である。それを痛切に感じたのは16年にボブ・ディランが文学賞を受賞した時だった。
反戦フォークの旗手として名をあげたディランが、まさか権威の象徴ともいえるノーベル賞を受け入れると思わなかった。なぜか彼は受賞式を欠席したが、デビュー前からの詩曲メモなどを展示するミュージアムを建てる話などが報じられ、彼も商業主義の俗人だったか、と筆者を嘆じさせた。
そこで今回の平和賞のことになる。唯一スウェーデンではなくノルウェーのノーベル委員会が選考する今年の平和賞は、その受賞を誰より強く望んでいたトランプ米大統領にではなく、ベネズエラの女性野党指導者マリア・コリーナ・マチャド氏に与えられた。
が、受賞後のマチャド氏とトランプ氏とのやり取りを見て、筆者は、結果的にノルウェーの委員会は、直接与える以上に価値のあるノーベル賞をトランプに与えたなあ、との印象を持った。
マチャド氏は、トランプ大統領にノーベル平和賞を捧げるとし、「彼の名において、そしてベネズエラ国民の名において」この栄誉を受け入れると述べ、ベネズエラにおける民主主義の戦いに対するトランプ氏の支援を称賛したのだ。『Fox News』のインタビューでそう語る様子がネット番組に上がっている。
トランプ氏はこれに応えて、ホワイトハウスでの会見で次のように述べ、背後に居並ぶケネディJr.ら閣僚の笑いを誘った。
実際にノーベル賞を受賞した本人が私に電話をかけてきて、「本当は貴方が受賞に値するので、貴方に敬意を表して受賞します」といったのです。「じゃあ、渡してくれ」とはいってないよ。でも、もしかしたら彼女はそういったかも知れない。彼女はとても親切だったからね。
トランプ政権はベネズエラのマドゥロ大統領を繰り返し非難し、「麻薬密売」との戦いでこの地域に大規模な軍事力を展開してきた。マドゥロ政権によるマチャド氏ら反体制派への厳しい弾圧が今も続いている。トランプ政権は、ルビオ国務長官を筆頭に以前からマチャド氏の活動を称賛していた。
13年からベネズエラの権力を握っているマドゥロ大統領下の裁判所は、マチャド氏が大統領選に出馬することを禁じていて、この58歳の女性工業エンジニアは長らく地下潜伏を余儀なくされている。
ノルウェーのノーベル委員会は10月10日、マチャド氏への平和賞授与に際し、こう声明した。
マリア・コリーナ・マチャド氏は、民主主義の手段が平和の手段でもあることを示しました。彼女は、国民の基本的権利が守られ、その声が聞き届けられる、今とは違う将来への希望を体現しています。この未来において、人々はついに平和に暮らす自由を得るでしょう。
これにマチャド氏は同じ日、「ベネズエラ国民全員の闘いがこのように認められたことは、自由を勝ち取るという私たちの任務を完遂する後押しとなります」とXへの投稿で述べた。
最後に、12日の『朝日』がノーベル委員会フリドネス委員長への電話取材記事を、「議事の内容については一切コメントしない」との委員長発言で結びながら、その直前で「一方、今年はしつこく賞を欲しがるトランプ米大統領の扱いに頭を悩まされたと見られる」などとバイアスの掛った感想を書く辺り、如何にも反トランプ紙『NYT』と提携するこの新聞らしい。