黒坂岳央です。
ここ数年、「会社に縛られない自由な働き方」を求めてフリーランスになる人が急増した。
SNS上では「会社のピンハネ搾取から逃げろ」「好きな時間に、好きな場所で働こう」といった言葉が踊り、時代は“個人の時代”だと謳われた。
空前のフリーランスブームでは企業に依存せず、自分のスキルで生きるのが最も合理的、時代の先端を行くように見えた。しかし、今少しその風向きが変わってきたのかもしれない。
今、フリーランスから会社員に戻る人が出てきているのだ。
Yagi-Studio/iStock
安定回帰という「逆流」
リクルートワークス研究所の調査によると、2023年以降「正社員として安定した環境に戻りたい」と考えるフリーランスが全体の約3割に達した。さらにクラウドワークスの利用動向でも、「新規登録者の伸びが鈍化し、再就職希望者が増加傾向にある」と報告されている。メディアでも「会社員に戻るフリーランスたち」という特集が組まれて注目を集めている。
この背景には単なる“個人の限界”ではなく、社会構造の変化がある。AIの台頭、オフショア開発の進展、物価高による企業のコスト削減。かつてフリーランスの強みだった“機動性”や“専門性”が、いまやAIや海外労働力に置き換えられつつある。
また、フリーランスをやってみて肌身で厳しい現実を知って、「やり直しが効く若い内に戻りたい」と考える人がいるのだ。筆者はフリーランスにダメ出しする意図は一切ないが、「自由への切符」のように良い面ばかり見ていた人たちの幻想が消え、冷静に現実を見るようになったと思っている。
フリーランスは万人には向かない
筆者自身、法人を持って属してはいるが、実質的にはフリーランスのような働き方をしている。その立場から断言できるのは、「フリーランスは万人には向かないし、自由の良い面ばかり見られている」ということだ。
会社に縛られないというのは、言い方を変えれば「誰も仕事を与えてくれない」という意味でもある。会議に出なくてもいい。上司もいなければ、同僚もいない。一見すると気楽だが、その裏側には「自分で仕事を生み出さなければ、何も始まらない」という厳しい現実がある。
しかも、クライアントの都合ひとつで仕事が突然なくなることも珍しくない。AI化、外注先の切り替え、予算削減など、フリーランスは常に“契約終了”のリスクと隣り合わせに生きている。実際、筆者は過去に「部署の予算削減の都合で、今月一杯で終了」と原稿執筆の仕事が終わってしまったことがあった。せっかく時間をかけて営業してクライアントを開拓しても、先方の都合で仕事がなくなればそこで終わりだ。
もちろん、複数の案件を持つことでリスクヘッジは可能だが、それも完全ではない。正社員という働き方の安定性には遠く及ばない。
スキルアップの難しさ
もう一つの大きな問題は、スキルアップの難しさである。
会社員なら、年齢や実績に応じて新たな仕事を任され、自然と成長の機会が与えられる。転職をすれば、半ば強制的にスキルの棚卸しを迫られ、結果成長せざるを得ない。だがフリーランスはそうはいかない。
毎日の業務は「今のスキルで稼ぐこと」に追われる。新しいスキルを身につけるためには、仕事の合間に勉強時間を確保しなければならない。そしてフリーランスになると「時間=お金」という感覚が非常に強まるため、スキルアップが「無給労働」のように感じることに耐えられず、結局、今やっている労働量を増やすことを選びがちだ。
さらに、自分より少し上のレベルの案件を取りにいくには、営業力・交渉力・信用といった“経営資源”が不可欠である。この全てを個人で担うのは、想像以上にハードだ。フリーランスになりたい人は「強み、興味がある仕事をやりたい」と思ってなっている。
たとえば翻訳者を目指す人は翻訳をやりたいからであって、「交渉や営業」をやりたいからフリーランスになろう、とは考えない。だが、どんな仕事でも交渉や営業は必須だ。ここがフリーランス活動に疲れてしまう一因だろう。
フリーランスは“結果を出し続ける人”だけの楽園
常に能動的に仕事を取り、自分の専門性を磨き続け、クライアントと対等に交渉できる人。そうした活動が息を吸うようにできる人にとっては、フリーランスは「自由と裁量の楽園」である。結局のところ、フリーランスが天国に感じられるのは、ごく一握りの人間に限られるのだ。
そうした能力がない人にとっては、サラリーマンよりも過酷な働き方といえる。会社員は、上司が仕事を与えてくれる。評価もしてくれる。給与も定期的に支払われる。一方、フリーランスには“誰も自分を見ていない”孤独がある。自由の裏側には、安定を失い、責任を背負う現実があるのだ。
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かつてフリーランスは、「自由」と「自己実現」の象徴だった。しかし今、社会は少し冷静になり始めている。自由は素晴らしい。だが、それは自らリスクを引き受ける覚悟のある者だけが享受できる贅沢なのだ。
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