悪口を言わない人は「心がきれいだから」ではない

黒坂 岳央

黒坂岳央です。

世の中、「悪口を言わない人」への評価は真っ二つにわれている。

「本音で語る信用できる人」と考える人もいれば、「他人に興味がない冷たい人」といった考え方もある。しかし、これらの二元論的な見解は、本質を見誤っていると感じる。

筆者の見解は別にある。すなわち、悪口を言わない人の多くは、感情を制御し、「言わない選択」を戦略的に行っているということだ。彼らは決して感情がないわけでも、単純に心がきれいな人というわけでもない。極めて合理性の高い「沈黙の戦略」を取っているのである。

本稿では、悪口がもたらす致命的なコストを明確にし、悪口を言わない人がビジネスにおいて優位性を確立する戦略的思考を、筆者の視点で主張したい。

※本稿で取り上げる「悪口」とは特定の人物を悪く言う行為を指しており、社会現象や建設的批判は含まれない。

bymuratdeniz/iStock

悪口のコスト

「悪口は自己開示の一つ」「悪口は娯楽」とポジティブに捉える人からは想像もつかない話かもしれない。だがあえていうと、悪口にはビジネスパーソンとして致命的となり得る大きなコストを3つ必要とする。

コスト1.

悪口を言うには、相手の言動を深く観察し、その欠点を分析し、一般論や他者との比較といった批判の論拠を組み立てる一連の情報収集と分析のプロセスが不可欠となる。

端的にいうと、自分の人生を見つめ、自身の成果を出すために使うべき貴重な思考時間を、他人への批判という非生産的な活動に投資するトレードオフを支払っているといえる。

コスト2.

悪口をエンタメと考えず、ネガティブな発言を嫌う層の評判は極めて悪くなる。「他人の悪口ばかりいうが、肝心の自分はどうなのか?」「人の悪口ばかりいって周囲の空気を悪くする」という悪印象を与えるからだ。

悪口を言うことで、悪口肯定派を引き寄せる力があるが、信頼性を重視する否定派を遠ざける力も同時に発生する。逆に悪口を言わない人は必ずしも、悪口肯定派を遠ざけるわけではない。

長期的な人間関係の構築という観点でいえば、悪口を言う人は相対的に損をするように出来ている。

コスト3.

コストはまだある。人間は何かを否定する言葉を言い続けると、まわりまわってそれが自縄自縛になる。

否定的な言葉を吐き続ける思考習慣は、無意識のうちに「世の中は否定すべき問題に満ちている」というネガティブ・バイアスを自らに刷り込み、物事を否定からしか入らなくなる。

悪口を言ってその場だけスッキリし、問題の根本解決をサボっても平気になれば問題解決能力も育たない。「感情的な批判に終始し、建設的な提案ができない」という、愚痴が多い老人になる未来は確定的となるだろう。

これらのコストをトータルで考慮すると、悪口は「いってスッキリするメリット」が、その対極にある多くのデメリットよりあまりにも小さいことが明白である。

悪口を言わない人の合理性

一方、悪口を言わない人は、上記の真逆の思考といっていいだろう。彼らは、自らのキャリアと評価を最大化するために、以下の4つの戦略を選択している。

戦略1.

悪口を言わない人は、自分の人生に忙しくしており、他人の一挙手一投足に注目する暇が無い。他人の言動が目に入らないし興味もないので悪口も出てこないのだ。

これを「人間的に冷たい」と評する人もいるが、それはおかしな意見だ。自分の言動を棚に上げて他人の悪口をいう人が「人間的に温かい行動」と言えるだろうか?彼らは、エネルギーを「他人」ではなく「自分」の課題に投資する、極めて合理的なビジネスパーソンである。

戦略2.

次に、彼らは卓越したメタ認知能力が高いので、悪口をいう自分を恥ずかしいと考える。「自分も出来ていない点がたくさんあるのに、それを棚にあげて他人ばかり批判するのは幼稚では?」という思考があるのだ。

さらに「こんなことをした。あんなことをした」という悪口は「過去を見る行為」である。だが自分の人生を生きている人は「今と未来」しか考えない。過去を振り返る暇が惜しいのである。

戦略3.

最後に感じたこと、思ったままを無編集で言うことは、衝動を抑える力がなく、自分の信用を切り売りするとても恐ろしい行為である。

他人の悪口や暴露話は、その場を盛り上げ、一時の優越感をもたらすが、結局は「口の軽い人」という最も避けるべきレッテルを貼られるリスクを伴う。これは、自らの信用を切り売りする行為に他ならない。

口の堅さは人生の宝である。悪口を言わない人は、常に安定したプロフェッショナルとしての評判を守る、極めて高度なセルフプロデュースを行っているのである。

戦略4.

その場では悪口をいいあって盛り上がっている人も、「自分も影で言われているかも」と疑心暗鬼になる。大局的に見てメリットなど一つもないのだ。悪口を言わないという沈黙は、この疑心暗鬼を生じさせない最大の防御策である。

戦略的に沈黙を取る彼らの周囲には、安心して重要な相談や機密性の高い情報が集まってくる。なぜなら、彼らが「この人なら決して裏切らない」という、無形の信頼残高を日々積み上げているからだ。

悪口を言わない行動は、短期的な感情の解放よりも、長期的な信用と自己成長という、最も重要なビジネス資産を積み上げる行為である。

ビジネスパーソンとして、衝動で動いてはならない。悪口を「感情の発散」ではなく「自分の評価を切り崩す行為」と認識し、沈黙を最大の武器として使いこなすことで、あなたのキャリアは新たなステージへと進化するだろう。

 

■最新刊絶賛発売中!

働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。