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書店の苦境が続いている。
ここ20年で、販売額は2兆1,957億円から1兆56億円へと「半減」。店舗数は18,608店から10,417店へと「4割以上」減少している※1)。
出版業界が打ち出した対策は、大きく分けると二つ。一つは、書籍マーケットの拡大である。前記事で取り上げた「文喫」のように本と接する場を作り、本を読む人そのものを増やそうという取り組み。もう一つは、業界のムダを減らす取り組みである。
出版業界はムダだらけだ。書店が仕入れた本のうち売れるのは、書籍で7割、雑誌で6割※2)。売上が少ないうえ、粗利率「20%」、純利益率「0.6%」という利益構造上、人件費・家賃等を差し引くと、手元にほとんどお金が残らない。書店が年々減っていくのも無理はない。
店舗が減るにも関わらず、出版数は横ばいだ。結果、書店は望まぬ本が詰め込まれ、見にくい、探しにくい、楽しくない。訪店客が減っていく。客が来ないから書店も減っていく。悪いサイクルに陥っているのだ。
そんな書店の支援に乗り出したのが「経済産業省」である。
「経済産業省 書店経営者向け支援施策活用ガイド」より
経済産業省が乗り出した理由
「『書店』は創造性が育まれる文化創造基盤として重要である」
まるで文部科学省のようだが、これが経済産業省が書店を支援する理由である。「文化」を「コンテンツ」と読み替えると納得がいく。2023年のコンテンツ産業の海外売上は5.8兆円。鉄鋼産業の4.8兆円、半導体産業の5.5兆円を超え、自動車産業に次ぐ規模となっている。国は、2033年のコンテンツ産業の海外売上目標を「20兆円」に設定。「基幹産業」として位置付けた。
さて、このコンテンツ産業の中核を担うアニメ等の原資は何か? 「本」である。マンガ(雑誌・コミック)・小説(ライトノベル)などを原作とするものが大半なのだ。
「紙ではなく、電子書籍でもいいのでは?」
そうではない。コンテンツは若年層の支持があって、はじめて広がりを見せる。そして、若年層たちがマンガや書籍を読む媒体は「紙」なのだ。
24年11月のオリコンの調査によれば、10代の「69.5%」が「マンガを読むなら『紙』」と回答している。理由の「41%」が「書棚に並べてコレクションしたいから」だという。若年層が、モノとして「紙の本」が欲しいと思っていることがうかがえる。
経済産業省文化創造産業課長の佐伯徳彦氏は、日経ビジネスの取材で以下のように述べている。
「大人向けの漫画は、世界規模ではなかなか売れにくいんです。その点、少年誌は世界で売れており、その少年誌という基盤が非常に大事になるんですね。しかも子ども向けの場合は、デジタルではなく、やはり『紙』の雑誌なのです」
「その意味で、書店の位置付けは国全体の競争力に結びついていますし、さらにIP(知的財産)コンテンツが次々と生み出されていく基盤になっている」
コンテンツ産業拡大には「紙の本」が不可欠。だからこそ、経産省が書店を支援するのである。では、どのように書店を活性化しようとしているのだろうか?
冒頭で「仕入れた本のうち売れるのは書籍は7割、雑誌は6割」と述べた。言いかえると3~4割もの「返品」がある、ということになる。経産省が着目したのは、この大量の「返品」である。
返品の原因
驚くべきことに、書店の店頭に並ぶ本の大半は、書店が選んだものではない。出版社や取次から配本されたものだ。新たに出版される本が年間7万冊と多すぎるため、書店は、自力では選書できないのだ。出版社・取次が、書店の規模・立地などを勘案し配本するこの制度を「見計らい配本」という。
配本された本は、売れれば書店の利益になるし、売れなければ返せばいい。返品は仕入れ値で引き取ってもらえる。書店側はリスクを負担しないので「売れ残りを減らそう」という意識が希薄になる。結果「返品」が増加する。
一方、出版社・取次側は、書店から販売データが収集できないため、需要予測が甘くなる。甘い需要予測に基づく本の出版は、需要に合わない「見計らい配本」を招く。これも「返品」を増加させる
こうして発生する返品のコストは年間2000億円。削減するには「データ」が不可欠だが、出版業界はデータが極端に不足しているうえ、精度が低い。
データ不足の出版業界
必要なデータは2つ。一つは在庫データだ。多くの書店は、棚卸は年1回、しかも手作業で行っている。リアルタイムに在庫管理ができていない。もう一つは、販売データである。小規模の書店はPOSレジを導入していないことも多く、販売実績が捉えられていない。
書店が自力で仕入を行うにも、出版社の需要予測精度を向上させるにも、在庫・販売データが必要となる。その手段として、経産省が有望視しているのが「RFIDタグ」だ。
RFIDタグとは
RFIDタグとは管理チップの一種である。本にはさむ「しおり型」、本に貼り付ける「ラベルシール」型などがある。
バーコードのように1つ1つ読み取る必要がなく、RFIDリーダーをかざすだけで、無線で一気に読み取れるのがメリットだ。回転寿司店での、重ねた皿にリーダーをかざして行う金額計算や、ユニクロでの、複数商品の入ったカゴの同時会計などに利用されている。RFIDタグは、
・リーダーを書籍の段ボールにかざすだけで検品できる
・リーダーを本棚にかざすだけで棚卸(在庫チェック)ができる
・本の場所もトレースできるため、立ち読み頻度・棚から引き出された回数などが把握できる
といったメリットがある。効率化だけではなく、需要予測にも活用できる。25年8月現在、RFIDタグは、講談社・小学館・集英社・KADOKAWAなどの新刊コミックに付与されている。今後、どれだけ普及するかが課題となるだろう。
普通を目指す
冒頭で「出版業界はムダだらけ」と述べた。
ムダを無くすためには、書店が目利き力を鍛え自身で商品を仕入れること。出版社が、精度の高い需要予測に基づき出版を行うこと。結局のところ、他の小売業・製造業にとって当たり前のことが対策となる。
「普通の小売業・製造業になること」
それが、出版業界を活性化し、ひいては日本のコンテンツ産業の成長につながるのではないだろうか。
【注釈】
※1)2005年・2024年比較。販売額は電子書籍を除いたもの
書店数 2005:18,608→2024:10,417
販売額 2005:9,197+12,760=21,957 →2024:4,119(雑誌)+5,937(5,937)=10,056
※2)2024年における書籍・雑誌の返品率は、書籍で33.2%、雑誌で43.8%