石破茂首相は21日の閣議で内閣総辞職を決定し、「少数与党という厳しい状況の中、誠実に語る姿勢で全力を尽くした」との首相談話を発表した。だが、そもそも与党を少数に追い込んだのは石破首相自身の失政であり、その言葉には責任回避の印象が残る。
- 石破内閣は21日の閣議で総辞職を決定。首相は「全力を尽くした」と述べ、少数与党での政権運営を強調した。
- 就任当初は前政権の安定多数を引き継いでいたが、石破政権下で与党は選挙3連敗。参院でも過半数を失い、少数与党に転落した。
- 選挙敗北の責任を取らず、幹事長交代などの党改革にも踏み切らなかったことが支持離れを加速させた。
- 「少数与党という厳しい状況」という言葉は、自らの失政を棚上げした自己弁護に聞こえるとの批判が多い。
- 石破政権は政策の一貫性を欠き、党内調整も不十分だったため、政権基盤を自ら崩壊させたとの見方が支配的である。
石破首相は「少数与党の中で努力した」と強調したが、その状況を招いたのは他ならぬ本人である。安定与党を引き継ぎながらわずか数年で崩壊させた責任は重く、退任の言葉は有権者にも党内にも響かなかった。
石破首相Xより