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所信表明で高市首相は「防衛力の抜本的強化」を宣言しました。補正予算で1兆円程度の追加措置を講じれば、今年度中のGDP比2%達成が可能だということです。
ですが、ここからが問題の本質です。
「防衛力整備計画」の規模は確かに野心的です。政府はオフィスビル売却、決算剰余金、外為特会の繰り入れなど、一時的な財源手段を組み合わせています。つまり、恒久的な財源が不足しているのが実態なのです。
唯一の安定財源は増税です。所得税、法人税、たばこ税の引き上げが想定されていますが、政治的には実行が難しい。現行計画では毎年の予算額を増加させていき、27年度には11兆円に達します。これがGDP比2%の目標です。
しかし、その先はどうするのか。米国政権は日本に対してGDP比3.5%への増額を非公式に打診したとされています。この流れは必然的にどこかで調整を迫られることになり、国民への新たな負担として現れる可能性も否定できません。いずれかの選択肢は避けられないでしょう。
所信表明では防衛以外の政策も多数列挙されています。社会保障制度改革、経済成長戦略、中国との関係構築、副首都構想——どれも重要であると位置付けられている。しかし、これら全てに対して限定された予算を配分しなければならない現実があります。
社会保障では「現役世代の保険料負担を抑制する」と述べられています。一見、望ましい方針ですが、給付と負担のバランスをどう実現するのか、その具体像は不明瞭です。赤字病院や介護施設の経営改善も必要とされ、景気対策も急務であり、基盤整備投資も欠かせない。全てが「必要」として提示されています。
ですが現実は、そう都合よくは機能しません。
こうした局面こそ、何かを選択し、別の何かを後回しにする決定が不可欠です。全てを同時並行で実行しようとした企業で成功した例は知りません。必ず経営が散乱し、何も成し遂げられない状況に陥ります。
防衛費を増やすのであれば、他の部分で譲歩が必要です。社会保障を充実させるなら別の施策の優先度を下げなければならない。こうした選択と集中の論理が、今回の方針からは見受けられないのです。
むしろ感じられるのは、権力者たちの楽観主義です。「経済成長によって全ての問題が解決される」という、都合のよい前提が背景にあるのではないでしょうか。ですが、現在の国際情勢は不確実性に満ちています。米国の動向も予測困難であり、中国との関係も定まらない。
その中にあって、防衛費は増やす、社会保障も充実させる、経済成長も実現する——全てをやろうとしている。率直に言えば、これは現実的ではありません。誰かがどこかで負担を強いられることになるのです。
その主体が労働者層であったり、低所得者であったり、地方であったり、次世代であったりすることは、歴史が物語っています。
かつて、鳩山由紀夫首相率いる民主党政権(2009年~2010年)が公約した主要なマニフェストを思い出してください。高速道路無料化、子ども手当、ガソリン税や暫定税率の廃止、農業戸別補償制度、年金改革——特に「高速道路無料化」と「子ども手当」は看板政策として大きく宣伝されました。
しかし、これらの政策をほぼ実現できず、国民の期待と現実のギャップが大きくなり、自民党政権への回帰につながる一因となったのです。
政策には必ずトレードオフが伴います。完全に理想的な運営など存在しないのが常識でしょう。であれば、より誠実なアプローチは、「この領域を優先する、その結果としてこの部分は限定的になる」と明確に説明することではないでしょうか。その方が、国民の判断も、納得も、より理に適ったものになるのではないでしょうか。
尾藤 克之(コラムニスト、著述家)
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