黒坂岳央です。
近年の日本における熊の出没急増は、単なる「地方で起きている問題」では片付けられない段階に入った。「自分は熊の出没しない地域に住んでいるから無関係」とは言っていられない。
著名な観光地での人身被害、そしてそれに伴う海外政府からの警告発出は、日本の主要な外貨獲得源であるインバウンド経済の「安全神話」を崩壊させつつあり、日本経済の構造的な弱点である円安を加速させる新たなリスク要因として浮上している。
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円安を食い止めるインバウンド需要
望む、望まないにかかわらず、我が国の観光業は近年急速に成長し、外貨獲得において日本の第2位の輸出産業の地位を確立している。
観光収入は、日本の経常収支におけるサービス収支の黒字拡大に決定的に寄与し、外貨を円に替える「円買い」の需給を生み出すことで、長期的な円安に歯止めをかける重要な役割を担ってきた。
「観光は治安を悪化させ、労働生産性が悪いので良くない」という人も少なくないが、仮に観光が栄えていなければ今の円安や景気はとんでもなく悪化していたはずであり、「観光業以外も盛り上げる努力」は必要だが「観光業はできれば潤わない方が良い」なんて言っていられない。
現在、インバウンド観光客数は過去最高を記録しているものの、ハイキングや自然観光といった特定のセグメントで「安全」を理由としたキャンセルや離脱が始まっている。原因は熊だ。
この傾向が、もし都市部や一般的な観光にまで不安として波及し、旅行先を「より安全なアジアの代替国」、たとえばシンガポール、台湾、韓国などへシフトさせる動きが本格化した場合、日本の外貨獲得の柱が崩れることになる。その結果、経常収支の安定が崩れ、円の需給バランスは再び円安方向へと傾き、長年の円安傾向にさらなる拍車をかける可能性は極めて高い。
熊の出没は、日本の環境問題、地方創生、そして通貨価値にまで連なる、複合的な経済リスクとして捉えるべきである。
観光客の行動変化
熊の出没リスクは、すでに外国人観光客の具体的な行動変化を引き起こしている。
中国メディアDotDotNews(2025年11月1日掲載)では海外の旅行代理店では、東北地方で予定されていた1日のハイキングがニュース報道を受け1.5時間に短縮している内容を報じた。
また、日本気象協会が2025年9月24日~10月14日に実施したオンラインアンケートによると、熊の出没を理由に目的地を変更した者が61.6%、計画を完全にキャンセルまたは延期した者が29.1%に上っている。
さらに、今年10月には、英国政府(FCDO)やオーストラリア政府(Smartraveller)が、公式の旅行アドバイスに「熊の出没・攻撃」に関する警告を新規追加した。これは、日本の安全に関する懸念が「一部の報道」から「国家的なリスク情報」へと格上げされたことを意味する。
国立公園においても、複数のトレイルが一時閉鎖され、海外予約サイトには「Bear Warning(熊注意)」の表記が出るようになっている。
こうした動きは、単に「不安を感じる」だけでなく、実際に日本の自然観光市場からの離脱を意味する。
具体的にどうすればいいか?現在は警察、自衛隊、そして自治体によるガバメントハンターも検討されている。いずれにせよ、事態は急務だ。
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「人間が自然を破壊して熊を駆除するなんてあんまりだ」と動物愛護の意見をよく見る。確かにそれ自体は正論だろう。だが、見方を変えると「人間が自然を破壊したから」というより、「人間が自然を押し返せなくなってきた」と言えるかもしれない。
ハンターの現象や過疎化で熊を押し返せなくなった結果が今、という異なる見方もできないだろうか?
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