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「何でも屋」と化す自衛隊
秋田県が熊退治に自衛隊を要請した。とうとうやる気だな、と思ったが、後方支援らしい。
鈴木秋田県知事は10月28日、「状況はもはや県と市町村のみで対応できる範囲を超えており、現場の疲弊も限界」ということで、小泉進次郎防衛相に自衛隊派遣要請をし、自衛隊がそれに答えたとのこと。
しかし、小泉防衛相によると、自衛隊は猟銃を使った訓練をしておらず、狩猟のノウハウも有していないため鳥獣の駆除を担うことは困難、ということで、防衛省は、捕獲に必要な「箱わな」などの輸送や設置・エサの入替、見回り・情報収集、捕獲・駆除したクマの運搬などの支援を行っているようだ。
これはあんまりではないだろうか。自衛隊は「なんでも屋」なのだろうか。
鈴木知事は本人が自衛隊で小隊長を経験し、東ティモールPKOやイラクなど海外派遣に従事したことがある他、奥方も自衛官であったらしい。その自衛隊の重要性を知っている人物が国の防衛そっちのけで自衛隊に「何でも屋」をさせたことに驚いている。
自衛隊がやるべき仕事は国を守ること
全国のハンターが加入する「大日本猟友会」が、クマ駆除のため自衛隊が派遣されること対し、国防がおろそかになる、といった理由から「反対」だと表明したらしい。「緊迫した国際情勢のなか、国防を担う自衛隊がクマ対策で箱わなの設置といった後方支援に出動することに反対」とのことで、普通の感覚があれば当然の発言であろう。
すでに自衛隊では、定員の不足や訓練の不足が叫ばれて久しいのに、そんな中で訓練にもならない肉体労働要員として、国防をおろそかにしてまで自衛隊にお願いする、という感覚はおかしいように思う。
東日本大震災の時ですら、ロシア機・中国機が異常飛来してきたのが現実であり、台湾近辺は当時よりきな臭いのである。
自衛隊でなければ支援はできないのか
後方支援ならば自衛隊である必要がないことは、普通に考えれば気づかれると思う。
他の人間でも代替できることを自衛隊にさせる、という考えが元自衛官である知事から出てきて、それに防衛大臣が応える、という構図はいかがなものか。東日本震災などの災害ならば、自立して活動ができる自衛隊が、国防とは一線を画す災害派遣をすることはやむを得ない。しかし、今回は違う。災害派遣の要件である「非代替性」がないのであり、ほかの人間でも対応できるのである。
例えば、箱罠の輸送や設置、捕獲したクマの運搬などの作業は自衛隊員でなくともできる業者はあるだろうし、見回りや情報収集は警備会社でもできるだろう。ちゃんとした報酬を支払って、そういう専門技術を持った民間人にやってもらえばいいのである。
北海道では報酬が少なく駆除に参加できないという猟友会があったらしいが、その北海道より少ない報酬の秋田県の要請だ。まさか、ちゃんとした報酬を出せないから自衛隊、というわけではないことを信じたい。
報酬の問題でないとして、民間でやればいい、というと「では、その民間人たちに危険が及んでもいいのか」という声も聞こえてきそうだが、それなら、自衛隊員は危険の中で銃剣とクマよけスプレーというほぼ丸腰でいい、とでもいうのだろうか。
危険を心配するなら、熊退治の後方支援は、自衛官同様、同じレベルで国や地域に命をささげた消防隊員や警察官の方が優先順位が先であろう。秋田県にも機動隊があり、その他の警察官にも力のあるものも多いだろう。知事の言うように県の消防・警察だけで対応できないというなら、自衛隊の前に、震災の時のように他県の警察・消防の広域支援を考えるべきである。
当然、そうなると火災や犯罪に対する住民への対応ができない、という声があるかもしれないが、国防ができないと影響範囲は熊被害どころではないのである。冷静に考えれば、自衛隊の優先順位は全国規模の警官・消防支援の後だろう。
※ 私は、災害支援などを否定するものではないが、国防をおろそかにする以上、ほかに手がないときの最後の砦とすべきだと思う。
正直言って、消防・警官が、防災や治安を差し置いてもっとやればいいというのは言い過ぎかもしれないが、要は、この元自衛官の知事をはじめ、防衛相の、「国防はおろそかにしても目先の肉体労働を優先する」という考え方に疑問を呈している。災害支援の後の自衛隊の評価向上に味をしめて今回も、とは思いたくない。
自衛隊に要請するのではなく、緊急対応として警察官などをあて、大至急、国や県が国防をおろそかにしない何らかの対策をするしかない、それまではできることを少しずつやるしかないのだと思う。
自衛隊が熊退治に協力するには
そこまで述べたうえで、逆説的なようであるが、訓練になるのであれば、自衛隊は積極的に支援させるべきだと考える。自衛隊が支援すべきというのは、これが、自衛隊員の訓練のチャンスであるからである。
自衛隊の支援を考えるならば、自衛隊法100条にある民生支援としての「土木工事等の受託」ではなく、第7章の自衛隊の権限を改正して本務または訓練として実施すべきである。
自衛隊が前面に出て、猟師と協力しながら、積極的に自衛官に射殺を含めた駆除をさせる、という訓練であれば、自衛隊の熊退治に合理性はあるのではないか。自衛隊は「何でも屋」ではないので合理性のない支援はやるべきではないだろう。
環境省によると、60歳以上の狩猟免許所持者は約6割だそうである(2020年度)。猟師の高齢化に対するフォローとして、若い自衛隊員が支援することは、短期的には悪いことではないだろう。ひょっとしたら、猟師免許を取ろうというもののいるかもしれない。だが、これは警察官でもいい話である。
私が考える支援は、民生支援としてではなく、あくまで、積極的に自衛隊が動く、実弾射撃を含めた訓練であり、これにはお花畑の議員・マスコミは大反対するだろうが、こんなチャンスを活かさない手はない。
参加する隊員ほぼ全員に実弾の入った(護身用の拳銃を含め)銃器を持たせることで銃器の扱いに慣れさせる、危険な山林の中での行動力を身につけさせる、動く動物相手に射撃訓練をさせる、生き物を殺す経験を積ませることができる、という多くのチャンスである。ついでに言うならドローンの訓練も入れてもいいだろう。
※ シビアな言い方だが、「生命を奪う」という経験は自衛隊員にとって貴重な体験になるはずである。いざとなったら相手は熊ではなく人なのだから。
自衛隊は実弾射撃できないという「へ理屈」
すでに、自衛隊法では実弾射撃ができないとか、クマ撃ちのノウハウを持たないとか、自衛隊の武器では熊は死なない、とか様々な否定的な意見がある。
できないことをあげることはいくらでもできる。いずれも、今のルールや訓練でダメなら、自衛隊が訓練として、実弾で熊を処分できるように、ルール改正や訓練をすればいいだけだろう。
① 動物を銃器で駆除することは法令上想定していないので、有事や正当防衛・緊急避難などの場合を除き、訓練以外での自衛隊の武器使用は認められていない、というのが一般的に言われる法的な問題だが、自衛隊法の「防衛出動」や「治安出動」に「(訓練又は防衛のための)有害動物の駆除」を加えればいいのである。今の法律が絶対なのではない。基地にクマが入っても猟師を呼んで駆除してもらうしかないというように、法が実態に追い付いていなければ、法を改正するしかないだろう。もし、お花畑の方々の意見が大きくて、法改正のハードルが高く無理だ、というなら、ハナから国防を二の次にした、ていのいい「何でも屋」として自衛隊を使うべきではない。
② 自衛隊は至近距離での発砲を想定した訓練をしていないなどの意見もあるが、市街戦だけでなく、ゲリラ戦もあるのであり、それこそ、山林で実弾訓練することはそういう訓練となる。
③ 自衛隊の銃器は5.56mmなのでストッピングパワーを考えれば熊には効かないというが、自衛隊の銃は連射ができるのであるし、64式7.62mm小銃も持っている。実弾を使う訓練と考えるなら、熊に特化した猟銃を使っても訓練はできる。少なくとも、警官が猟銃を訓練するより合理性があるし、マシだろう。
④ 跳弾で被害が出たら、というのは、猟師の射撃も同じである。貫通力の強い銃弾が危ないなら、実弾射撃のできる訓練のために、弾や銃を含めて変更してもいいのではないだろうか。
これ以上、いろいろ言うつもりはないが、まずは、実弾射撃ができるように法改正し、訓練方法や銃器を検討することである。当然であるが、現場に出る準備(熊退治のための実弾射撃を想定した訓練や安全対策訓練)が済むまでは自衛隊は熊退治には参加させるべきではない。それまでは、国防をおろそかにせず、警官と猟師で対応するしかないだろう。
何度も言うが、自衛隊は国防のためのものであり、ただで働いでくれる「何でも屋」ではない、ということを政治家は肝に銘じ、代替策があるならば、自衛隊には単なる肉体労働をやってもらうべきではない。
代替策があるのに国防を二の次にしても自衛隊に何かを要請するならば、どうすれば自衛隊のためになるか、を考えてそれができるときに限り、支援要請・支援許可をするべきである。必要に応じた法律改正や状況に対しての自衛隊内の対応ができないならば、支援をあきらめて、国のために従来どおり国防に専念してもらうしかないのである。
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田中 奏歌
某企業にて、数年間の海外駐在や医薬関係業界団体副事務局長としての出向を含め、経理・総務関係を中心に勤務。出身企業退職後は関係会社のガバナンスアドバイザーを経て、現在は隠居生活。