大多数の日本人にとって「r>g」は逆が正しい

黒坂岳央です。

「労働はオワコン、投資家こそが勝ち組」
「この世はr>gなのだから、あくせく働くのは非効率」

昨今の投資・FIREブームで、こうした主張を耳にする機会が多い。SNSを開けば、投資家こそ神様であり、毎日忙しく働く労働者はまるで「時代の敗者」であるかのように扱われることさえある。だがこの風潮には抜け落ちている視点がある。

トマ・ピケティが提唱した「r>g」は、マクロ経済のファクトとしては正しい。近年の日本人の経済格差はドンドン開いており、それこそまさしくr>gの結果で、誰一人この事実を否定できない。

だが、全体論ではなく、あくまで個別にミクロで考えると、現実的にはこの逆になっている人は少なくないと思うのだ。

SNSとリアルの違い

投資の世界で年利5%(r)を出し続けるのは、それが「元手があり、それが長期で継続している」という大前提が必要となる。そもそも論として、この大前提が「普通の人」には届かないという話だ。数字を使って考察したい。

日本人で投資(株式・投信等)をしているのは全体の約24%に過ぎない(日本証券業協会「証券投資に関する全国調査」2024年版)。 また、圧倒的大多数は資産(金融資産保有額の中央値)が100万円である(金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査[単身世帯調査](令和5年/2023年)」より)。

さらに個人投資家の投資信託の平均保有期間はわずか2.7年(QUICK資産運用研究所)。長期保有が前提の投資信託でも「長期保有」は難しい。

「インデックスなら負けないのでは?」という意見もある。だがそれも「実践できれば」という前提が必要だ。いざ、堅実で長期投資のつもりでスタートしても周囲の資産増加に嫉妬し、いつしかハイリスク短期投資に変わる。コツコツドカン、一夜にして資産を失うというのが黄金パターンになるほど、たいていの人は投資で失敗する。

SNSで「投資家は神」「自分は天才」と吹聴するのは全体のトップ層でしかなく、まったく「普通の人」ではない。SNSで見かける「億り人」は、宝くじの当選者が広場に集まっているようなものだ。彼らの存在は事実だが、彼らが「平均」ではない。

SNSはフィルターバブルといって自分がよく見る情報ばかり選好して見せられるアルゴリズムになっているため、あたかも「投資で一億円持っているのが普通」という感覚になってしまう。だが、インフレ、円安日本の現在でも純資産1億円を持っているのはわずか3%程度なのである。

そして「r>gこそ正義」という意見は多いが、それは投資適格資産を持ち、長期で安定するポートフォリオを維持できるという「普通の人が超えるのが非常に難しいハードル」を超えた一部の人だけに関係する話に過ぎない。

そのため、「労働なんてクソ、全員投資しろ」と言われても、気を付けないと煽られるままよくわからないで投資をし、かえって資産を減らしてしまうのだ。

労働は最強の長期の安定投資

投資界隈の一部では、労働収入を「ラットレース」と呼び、下に見る傾向がある。しかし、この認識は現実的ではない。実のところ、労働こそが最も強力な「経済的セーフティーネット」であるからだ。

株式市場は暴落する。長い不況がいつか来ることは確実であり、そうなれば資産は減少し、回復に数年を要することもある。長い低迷期の間も人生は続くので、その間も変わらずお金が必要となる。

しかし、労働力は違う。 こちらは不況下であっても、明日から急に給料がゼロになる確率は、株価がゼロになる確率よりも遥かに低い。仮に首になっても探せば仕事は無限にある。労働者というポジションは、市場環境に関わらず毎月定額のキャッシュフローを生み出し続け、絶対に元本割れしない「超優良債券」である。

よく投資家は「お金に働いてもらう」と言うが、投資銘柄が振る舞わない時はお金は働いてくれないどころか、逆に減っていく。不況時に汗をかいて働いてくれるのは、昨日の自分自身が積み上げたスキルなのだ。

「給料が上がらない」は思い込み

労働人を持ち上げると必ずといっていいほど反論が来る。「そうは言っても、今の日本では給料(g)が上がらないじゃないか」という嘆きだ。

確かに、統計上の平均賃金は伸び悩んでいる。だが、それは「全員が一律で上がっていない」ことを意味しない。「上がる行動を取った人」と「現状維持を選んだ人」の二極化が進んでいるだけだ。そしてこれは「投資をすれば必ず儲かるわけではなく、むしろ不勉強のまま始めることでかえって資産を減らてしまう人の方が多い」という話と何も変わらない。

もちろん、日本経済の構造的な賃上げ渋りもある。だが、会社や国が変わるのを待っていては寿命が尽きてしまう。同じ会社、同じ職種、同じスキルのまま、ただ勤続年数だけでは給料が上がる時代は終わった。

労働収入を増やしたければ投資を増やすのと同じく「増える行動」をする必要がある。すなわち、市場価値の高いスキルを身につけ、リスクを取って成長産業へ転職をすればいい。

労働人口が減少する日本はいま、かつてないほど「g」を高めやすい環境にある。人によってはプログラミングの仕事などを海外でやることで、同じ仕事でも日本の数倍稼ぐ人もいる。さらに起業独立してうまくいけば、それまでの10倍以上の年収ということも十分現実的だ。

rばかりが取り沙汰されるが、戦略的にすればgこそ夢がある。筆者は会社員の頃、転職をするたびにスキルと経験値を積んで年収を増やし続けたし、独立して会社員時代の給与の10倍以上稼げるようになった。親族でプログラマーが数人いるが、彼らは新卒では300万円くらいのスタートだったが、20代の内に1000万円を超えている。やったことは市場価値の高いスキルアップ、それから転職というリスクテイクである。

筆者は稚拙な自慢をしたいのではない。リーマン・ショックの衝撃の尾を引き、日経平均が1万円未満の時期でも、スキルアップと転職というリスクテイクでぐんぐんと年収アップが出来た。なので、今の時代ならさらにその実現可能性が高い、と言いたいのである。

rでもgでも、リスクなき成長はあり得ない。だからこそ、まずは自分という人的資本で「g」のリスクを取り、種銭を作る。その後に金融資本で「r」の恩恵を受ける。戦略的に取り組めばrとgの成長の両取りも十分に可能だ。

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働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。