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正直に言う。金融犯罪の記事を書くたびに、どこか他人事だった。
映画で見るような、スーツ姿の男たちが札束を数えている世界。あるいは、ニュースで流れる「振り込め詐欺で○○万円被害」のテロップ。気の毒だとは思う。でも、自分は大丈夫だろう、と。
この「自分は大丈夫」が、実は一番危ない。
『奪われない!お金を守る7つの習慣:金融犯罪対策のプロが教える[これからのマネーライフ]』(千葉祥子 著)きずな出版
先月、知人から聞いた話だ。彼の母親——70代、元教師、しっかり者で通っていた——が、400万円を失った。手口は呆れるほど古典的なもので、「○○証券」を名乗る男からの電話。「特別なご案内です」「今だけの優良銘柄です」。
彼女は最初、断ったらしい。「結構です」と。でも相手は3日後にまた電話してきた。今度は「先日ご紹介した銘柄、もう15%上がりました」と。そして1週間後、「最後のチャンスです」と。
結局、振り込んだ。
「母は馬鹿じゃないんです」と知人は言った。「むしろ慎重な人だった。でも、相手は何ヶ月もかけて信頼を積み上げてきたんです」
これだ。詐欺師は馬鹿を狙わない。「自分は騙されない」と思っている、ちょっと賢い人を狙う。プライドがあるから、途中で引き返せない。おかしいと気づいても、「自分が間違っているはずがない」と思い込む。
いや、偉そうなことは言えない。
去年、私のところにも来た。LINEで。知り合いの知り合いを名乗るアカウントから、「投資に興味ありませんか?」と。普段なら即ブロックだが、その日は妙に丁寧な文面だったのと、共通の知人の名前が出てきたので、つい返信してしまった。
結果的には、怪しいと思って途中でやめた。でも、あのまま続けていたら? 正直、わからない。
金融犯罪というと、オレオレ詐欺やマネーロンダリングを思い浮かべる人が多いだろう。でも、身近なところにもっと厄介なものがある。
インサイダー取引。
これ、他人事じゃない。会社の飲み会で「うち、来月大きな発表あるんだよね」と聞いて、その会社の株を買ったらアウト。取引先の担当者から「ここだけの話」で業績を教えてもらって、それを元に売買したらアウト。
「えっ、そんなことで?」と思うかもしれない。そう、そんなことで。
証券会社に勤める友人が言っていた。「個人投資家のインサイダー、めちゃくちゃ多いですよ。本人に自覚がないだけで」と。
よかれと思って教えてくれた情報。ありがたいと思って使った情報。それが犯罪になる。知らなかったでは済まされない。
じゃあどうすればいいのか。
答えは簡単だ。疑え。全部疑え。
「必ず儲かる」→ 嘘だ。
「元本保証」→ 嘘だ。
「今だけ」「あなただけ」→ 嘘だ。
うまい話には裏がある。これ、小学生でも知っている。なのに大人になると忘れる。「もしかしたら本当かも」と思ってしまう。欲が出るから。
詐欺師はその欲を見抜く。プロだから。
だから、今のうちに考えておいてほしい。
誰に相談するか。どうやって真偽を確かめるか。どこで「NO」と言うか。その準備があるかないかで、人生が変わる。大げさじゃなく、本当に。
※ ここでは、本編のエピソードをラノベ調のコラムの形で編集し直しています。
尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)
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22冊目の本を出版しました。
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