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暗号資産の含み益課税はしんどい
法人で所有する株式等の金融商品については、デイトレードなど短期売買目的でなければ、原則として、決算時には、購入時の価格のまま評価します。
つまり、値動きがあったとしても、その含み損益についての課税はありません。
しかし、法人で所有する暗号資産については、その期末時点での時価により評価をし直す必要があります。
要するに、購入時よりも決算時の価格が上昇している場合、売買により現金化されていないのに、その含み益についての課税がされてしまうということです。
ですが、この法人での期末時価評価を回避する特例もあります。
そこで、今回は、法人での期末時時価評価を回避する方法とその落とし穴について、まとめてみようと思います。
暗号資産税制における個人と法人の取扱いの違い
個人と法人の税務上の取扱いの相違
個人の場合、暗号資産の評価は原則として「原価法」です。
つまり、買った時の価格で評価され、売却して初めて利益(雑所得)が確定し、課税されます。
「現金化して利益が出た時」に税金を払うわけですから、納税で資金がショートするような自体は少ないでしょう。
一方で、法人の場合は原則として、期末の時点での「時価評価」が求められます。
つまり、期末(決算時)に、毎期その時点での市場価格で評価替えを行い、含み益があれば、それを「益金」として計上し、法人税を支払わなければなりません。
法人は保有しているだけで含み益に対して課税される
要するに、法人で暗号資産を保有する場合、まだ現金化していないにもかかわらず、決算日のレートが高騰していれば、その「含み益」に対して約35%の法人税等が課されるのです。
現金がないのに、含み益に対する税金だけ持っていかれるという理不尽さ。
特に自社で暗号資産を利用したビジネスを開発・展開しようとするWeb3といわれるような企業では、そのビジネスで利活用するために保有した暗号資産の価格が上がったことで、暗号資産を売るわけにもいかない中、勝手に暗号資産の含み益への納税負担が生じることになります。
そこで、このままでは「日本はWeb3後進国になる」という業界団体からの悲痛な叫びを受け、ようやく税制改正の議論が進み、特定の条件下でこの時価評価を回避する措置が検討・導入されたのです。
法人税法上の時価評価課税を回避する方法
暗号資産については、原則として、期末時価評価を求めるものの、それが、資産運用目的での値上がり益期待で取得したものではないことが明らかであれば、例外的に期末時価評価を回避することができます。
その時価評価課税を回避するための主な要件は、「短期的な売買目的ではなく、長期所有すること」を明確にするということです。
短期売買目的でないことの明確化
それは、単に「うちはどれだけ価格が上下しても、ガチホ(長期保有)するつもりです」と口頭で言うだけでは認められません。
簡単に暗号資産が移動できないようにしたり、取引所の機能を使って出庫・売却を制限したりする措置を受けることが必要なのです。
ガチホ勢(長期保有者)への適用の可能性
期末時価評価回避の特例は、Web3企業を前提にした議論であったものの、暗号資産を事業に活用していない会社であっても、合理的な理由と厳格な譲渡制限があれば、時価評価の対象外(原価法)とできる道が開かれています。
暗号資産の取引所が提供する、技術的な措置により譲渡や移動ができないような措置を講じる「ロックアップ」というサービスを活用することで、期末時価評価を回避できるのです。
では、「ロックアップさえすれば、暗号資産の含み益への課税はなくなる」のかというと、そうではないのです。
その保有目的による暗号資産の区分
暗号資産はその保有目的により、いくつかの区分に分けられます。
そのうち、ビットコインやイーサリアムなど市場で取引がされる暗号資産について、一般事業会社が資産運用目的でこれらの暗号資産を保有する場合、「特定譲渡制限付暗号資産」(期末時価評価)と「その他の暗号資産」(取得原価評価)に区分がされます。
この特定譲渡制限付暗号資産は、以下の①または②の要件を満たすものです。
① 自己が発行した暗号資産でその発行の時から継続して保有しているものであること。
② その暗号資産の発行の時から継続して次のいずれかにより譲渡制限が行われているものであること。
(イ)他の者に移転することができないようにする技術的措置がとられていること。
(ロ)一定の要件を満たす信託の信託財産としていること。
一般事業会社では①はまずないので、資産運用目的で保有するビットコインなどの市場性のある暗号資産については、「他の者に移転することができないようにする技術的措置が取られているか否か」で区分されるということです。
ロックアップによる区分変更時にはみなし譲渡の課税がある
この他の者に移転することができないようにする技術的措置を暗号資産の取引所が提供するのが「ロックアップ」というサービスです。
どれだけ暗号資産の価格が乱高下しようともガチホ(意地でも売らない)というのであれば、この「ロックアップ」を適用されても痛くも痒くもない。
それで、期末時価評価を回避でき、暗号資産の含み益課税が回避できるなら、ぜひこのロックアップを使いたいという方もいるかもしれません。
しかし、そこには、大きな落とし穴があります。
というのは、確かに、ロックアップを利用すれば、期末時価評価を回避できます。
ですが、このロックアップを利用することで、それまで保有していた暗号資産は、「その他の暗号資産」という区分から「特定譲渡制限付暗号資産」に区分が変更されることになります。
実は、この暗号資産の区分を変更する場合には、一旦暗号資産を売却して、その資金で新たな区分の暗号資産をしたとする「みなし譲渡」があったものとみなされます。
つまり、このロックアップを利用する場合、取得の時点から、ロックアップ時点までの含み益については、売買益として実現し、法人税の課税対象となるということなのです。
いやいや、暗号資産の含み益の課税を回避したくてロックアップを利用するのに、そのロックアップを利用すると、それまでの含み益が強制的に実現してしまう。
「納税資金がないから時価評価を避けたい」のに、その回避手続きによって即座に納税義務が発生するという本末転倒になるということです。
ロックアップ後に価格が下落した場合は一度売却も
みなし譲渡で税金が確定した後、さらに悲惨なことが起きることもある。それは、ロックアップ後に相場が暴落した場合です。
ロックアップをして「原価法」の適用を受けるということは、逆に言えば「時価が下がっても評価損(含み損)を計上できない」ということを意味します。
例えば、1,000万円で買ったビットコインの時価が4,000万円に値上がりしており、ロックアップをしたとします。
ロックアップにより、一旦譲渡したものとして、3,000万円(4,000万円-1,000万円)の含み益が法人の課税所得に加算がされてしまう。
その後、ビットコインが暴落してその期末の時点では2,000万円になったとしましょう。
もし、時価評価のままであれば、評価損を計上して利益を相殺できたかもしれません。しかし、ロックアップ済み(原価法)なので、帳簿価額は4,000万円のままです。
つまり、このままでは、ビットコインの保有について、当期はロックアップによる税金だけが納税が必要ということになります。
それは、さすがにしんどい。ではどうすればよいのか?
この場合には、決算より以前に暗号資産を一旦売却をして含み損2,000万円(4,000万円-2,000万円)を実現した損失とすることで、ロックアップ時点で生じたみなし譲渡益と相殺する必要があります。
ただし、売却をするという取引と再度取得するという取引が当初から一連のものとみなされる「クロス取引」だとされると、その譲渡はないものとして、その損失が税務上認められない懸念もあります。
そのため、売却と購入に一定期間(少なくとも5営業日程度)を開けたり、売買金額と取得金額を変えたりということが求められます。
こんな無駄な手間とリスク、その上無駄な売買手数料をかけたことでやっと、差し引き1,000万円(3,000万円-2,000万円)だけ期末に暗号資産の譲渡損益が課税所得に加算され、期末に時価評価をしたのと同じ結果になるということです。
さらに面倒なのが、ロックアップ期間が終了した時です。
制限を解除して「売れる状態」に戻せば、今度は「短期譲渡制限付暗号資産」から「その他の暗号資産」への区分変更となります。
ここでもまた、「みなし譲渡」による課税が必要になる可能性があるのです。
つまり、ロックアップにより、それまでの含み益への課税を受けることで、以後の含み損益を気にする必要はなくなるものの、その後の含み益課税を回避するには、ずっと売れない状態にする必要があるということです。
時価評価は悪いことばかりではない
やたらと嫌われる期末時価評価ですが、それで損得が生じるわけではありません。
含み益に課税がされるということは、含み損も損金算入できるということです。
評価損を計上して法人税を圧縮できる。これは原価法にはない強みです。
また、長期間で見れば、どのタイミングで課税されるかだけの違いで、トータルの利益に対する税負担は税率が変わらなければ同じです。
もちろん、資金をフルに運用したいという方であれば、投資効率の観点からは、含み益への早期課税は投資原資を減らすことになります。
しかし、それを回避するために「本業で資金が必要になっても暗号資産を売れない」というリスクを背負ってまでロックアップすべきかどうか。それは、自社の財務体質などを含めて判断する必要があります。
「含み益への課税は嫌だ」という感情が先行しすぎて、税金の支払いを減らして手元の資金を増やすと言う建前で行ったロックアップによって、手元資金が足りなくなり、本業での必要な投資に躊躇するというのであれば、まさに本末転倒と言わざるを得ないのです。
編集部より:この記事は、税理士の吉澤大氏のブログ「あなたのファイナンス用心棒」(2025年12月4日エントリー)より転載させていただきました。