黒坂岳央です。
中国政府による日本への旅行自粛呼びかけ。このニュースに対し、観光業界からは悲鳴が上がり、メディアは経済損失の大きさを嘆いている。
マクロ経済の視点で見れば、インバウンド需要の減退はGDPの下押し圧力となるので決していいニュースではない。関係者は頭を悩ませているだろう。しかし、視点を「個人の消費者」、そして「ミクロな経済循環」に移せば、景色は全く異なって見える。
経済全体ではネガティブなニュースだが、個人的には今こそ日本人は国内旅行に出かけるべきだと考える。単に「観光地が安くて空いている」というだけでなく、同時に窮地の観光業を救う最も合理的な経済行動だからである。
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今、ホテルが安くなっている
なぜ今が国内旅行のチャンスなのか?それは現代のホテル業界が採用している「ダイナミックプライシング(変動料金制)」にある。
多くのホテル、特にインバウンド需要に依存していた都市部のアッパーミドルクラスや有名観光地のホテルは、過去の膨大なデータに基づき、強気の価格設定を行っていた。ホテル側は「今日も満室になる」と予測し、高値を提示し続けていたはずだ。
そこへ突如として発生した、特定国からの予約キャンセルにより、空室を埋めるために価格を劇的に下げる挙動に出る。損益分岐点ギリギリ、あるいはキャッシュフローを確保するためにそれ以下まで下げることもある。
この価格調整のタイムラグと下落幅こそが、賢明な消費者が享受すべき「市場の歪み」である。これまで1泊数万円で高嶺の花だった客室が、ビジネスホテル並みの価格で放出されることすらある。この機を逃す手はない。
実際、筆者が宿泊予定のホテルは一気に値を下げた。事情があって予約を保留していたのが功を奏した。すぐにホテルに予約を入れさせてもらった。
空室は「生鮮食品」である
ここで、「観光業が苦しんでいるのに、安値で泊まりにいけと呼びかけるのは不謹慎ではないか」という反論が想定される。しかし、その認識は経済的に誤りだ。
ホテルの客室販売における最大の敵は「空室」である。今日売れなかった客室を、明日2倍の価格で売って取り戻すことはできない。客室は、時間が来れば価値がゼロになる「生鮮食品」と同じなのだ。
ホテル側からすれば、固定費(人件費、光熱費、設備維持費)は稼働に関わらず発生する。キャンセルで空室のまま放置されるよりは、たとえ価格を下げてでも誰かに泊まってもらい、少しでもキャッシュを得る方が、経営的には遥かに健全である。
つまり、日本人が安くなったホテルを利用することは、不謹慎ではなく、廃棄されるはずだったサービス価値を救済し、ホテルの雇用を守るための「流動性の供給」に他ならない。
日本人が日本経済を回して、誰か困る人間がいるだろうか?
「静寂」という価値
価格のメリットだけではない。これまでオーバーツーリズムによって損なわれていた「静寂」や「快適さ」が、一時的に回復している点も見逃せない。
混雑によるストレスは、旅行の満足度を著しく下げる見えないコストだ。団体客が減ることで、観光地の混雑は緩和され、本来の景色やサービスを享受できる可能性が高まる。
これまで「高すぎるし、混んでいるから」と敬遠していた京都や箱根、あるいは都内のラグジュアリーホテル。それらが今、適正な価格と静けさを取り戻している。この「質の高い体験」を割安で手に入れられる期間は、そう長くは続かないだろう。
旅行控えはいずれ元に戻る。行くなら今のうちだ。
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「もう日本は終わりだ」と嘆くばかりのニュースに同調する必要はない。市場に歪みが生じた時、すかさずその穴を埋めに行くこと。あくまで個人レベルでいえば、それが最高のコストパフォーマンスをもたらし、結果として国内経済の下支えとなる。
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